第22話 魔王様は油断しない


「魔王様、準備が整いました。総勢三十万。集められるだけの兵を用意致しました」



「ご苦労」



 魔王サタナスは装備を整え、集められた兵士たちの前に立つ。そんなに多くの魔族の前に立つことなど今までなかったし、目立ちたくもないのだが、今回ばかりはそういう訳にもいかない。




(まぁ、同時に面白いとも思っているのだがな。我ら魔族をここまで追い詰めるニンゲン……とても興味がある)




「皆、よくぞ集まってくれた。大儀である。余を知らぬ者も多くいるだろう。余は魔族の頂点に立つ者。魔王サタナスである。今回は余自らが汝らの指揮を執り、我らを窮地に陥れた人間共の領地へと攻め込む。異論のある者は前に出よ」




 魔王サタナスの宣言にざわめぎだす魔族の兵たち。そんな中、一人の中年魔族が中から出てくる。



「おう、異論じゃて? そんなもんあるに決まっとるやろうが!? 大体いきなりしゃしゃり出て――」


「ふっ――」




 何が起こったのか把握できたものは少なかった。


 魔王サタナスは前に出てきた中年魔族の首を自らの刀で切り落としたのだ。目にもとまらぬ早業。鞘から刀が出た事を認識できた個体はその場に存在しなかった。




「――他に異論のある者はいるか?」 




 何事もなかったかのように魔王サタナスは再度兵士たちに問う。静まり返っていた。先ほどのざわめきの残滓すらもなかった。




「ないようだな。では、出陣!!」




 こうして魔族は人間の住む領域へと――戦術都市マリュケイカへと進軍を開始した。



★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★




 魔王サタナスが進軍を開始して数日後、軍勢が戦術都市マリュケイカ付近に至るというときに、斥候から報告が入った。なんでも平野にて人間共の一軍が迎撃態勢を整えて待ち構えているのだという。斥候からその情報を得た魔王サタナスは相手の狙いが分からず、訝しむ。




(ほう、籠城を選択せずに打って出るか。兵糧攻めを受けている我らは戦が長引けば長引くほど不利となり、敵方は有利となるはず。それが分からぬ敵ではあるまい。では平野に布陣を敷く意味は?)




 魔王サタナスは報告を聞き、敵の狙いについて思案する。




(我らの油断を誘う為か? 報告ではグロウスも敗走する敵兵を追ううちに調子づいて付近の地形に気を配る事もせず敗北したと聞く。同じ手を選択したという事か? 余に同じ手が通用すると思われているのか?)




 もしそうだとすれば興ざめであるなと魔王サタナスは考える。




「人間どもの都市までは後どれほどだ?」




「このまま進軍すれば一時間もせずにたどり着けます。もっとも、人間どもと矛を交えなかった場合ですので、実際は更にかかるでしょうが……」




「そうか。それで、平野にて迎撃態勢にあるという人間の数はどれほどだ? 何万の兵が我らを待ち受けている?」




「およそ一万の兵が配置されているようです」




「一万? たったそれだけか?」




 部下の答えを聞いて魔王サタナスは再び思考を巡らせる。




(我らは三十万。それに対して一万など最早小勢に等しい。そんな兵力を平野に置くだと? まるで食料として提供されているようではないか。そんな小勢ならば置かない方が向こう側としても良いのではないか? 都市を守るための時間稼ぎ? 確かに小勢とは言えども我らにとっては貴重な食料となる者たちだ。回収する手間などを考えれば時間稼ぎにはなるだろう。しかし、兵糧不足の我らに食料を提供してまで時間稼ぎする意味などあるのか?)




 もしかしたら今回指揮を執っているのはグロウスを手玉に取ったイービルという人間ではないのかもしれないと魔王サタナスは考えた。


 人間には魔族と同じように階級がある事を魔王サタナスは良く知っていた。情報は力だ。自身の情報が漏れれば漏れるほど敗北の可能性は高まり、逆に敵の情報を集めれば集めただけ戦況を有利に運べると魔王サタナスは考えていた。


 階級の高い無能が有能な者を廃し、面子の為に指揮を執るという事はたまにある事だ。今回人間側はそういった事態に陥っているのかもしれない。




「まぁいい。攻めてみれば分かる事だ。汝、前衛を務める将へと攻めるように伝えよ。深追いはするなと念を押しておけ」




「はっ!」




 伝令を走らせて数分後、魔族の前衛を務めていた将が「突撃ぃ!」と叫ぶのが聞こえてきた。




(さぁ、敵はどう出る?)




 魔王サタナスは両軍がぶつかる瞬間をただ見つめていた。




★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★




 魔族軍と人間の軍の戦闘が始まった。魔王サタナスは敵の怪しい動きを見逃さないようにと油断せずに見つめるが、特に怪しい動きはない。魔族は基本的に人間と比べて身体能力が高い。それに加えて今回は数の上でも魔族は人間を上回っているのだ。圧倒的に魔族側有利で戦闘は進んでいた。




「ふむ」




 その圧倒的に優勢な自軍を見て魔王サタナスは考え込む。




(敵の狙いが分からん。我らにとって人間は食料だ。こんな場所に人員を配置し、むざむ捨て駒にするなど我らに食料を提供するに等しい。我が軍にも被害は出ているようだが軽微なものだ。敵は何を考えている?)




 そう考えていると部下の一人が魔王サタナスの元にやってきた。




「敵兵、撤退していきます! 追撃いたしますか?」




 部下の一人が報告してくる。形勢不利と悟ったのか、敵が退却していくのがここからでも見て取れた。




「良い。もう十分に食料は手に入れることができたであろうしな。前衛部隊に伝えよ。兵の半分を葬った人間どもの運搬に回し、もう半分は周囲を十分に警戒するようにとな」



「御意っ!」




 去っていく部下を見ながら魔王サタナスは今回の戦いの結果について思考を巡らせる。




(今回は我が軍の勝利と言っていいだろう。白兵戦ゆえに我らにも多少の被害はあっただろうが、各自の身体能力の差もあり、人間共はこちら以上の損害を出したはずだ。そのうえ我らは今まで不足していた食料までも手に入れた。敵の狙いが分からん……本当にただ愚かなだけなのか?)




 敵の思惑を看破しようと思考を巡らせるがやはり分からない。それはつまり、敵は魔王サタナスより優れているという事だろうか?




「くく、くっくくくくくくく」



「ま、魔王様?」




 付近に居る部下たちは突然笑い出す魔王を見て訝し気な顔を見せる。しかし、魔王サタナスはそんな部下を気にすることなく、ただ笑い続ける。




「面白いではないか。余を超えるか。いやはや、何を仕掛けてくるのか楽しみというものだ。ああ、興味深い。実に……実に興味深いぞ!!」




 魔王サタナスは敵を侮る事をしなかった。敵が何を狙っているのか分からない。もしかしたらただ愚かなだけなのかもしれない。そんな状況で、分からないのは単に自分より相手の方が優れているのだと考えていた。もしかしたら、そうであって欲しいという願望もあったのかもしれない。




「余を楽しませてくれ」




 魔王サタナスは撤退する人間どもを見ながら、本心からそう願った。



★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★




 そうして次の日、人間どもを駆逐するため、魔族たちは目前に迫っていた防衛都市マリュケイカへと攻め入った。


 前日の敗走で懲りたのか、人間どもが防衛都市から出てくることはなかった。籠城戦というやつだ。防衛都市マリュケイカはその名の通り、守りに適した城のような物だ。堀は深く、魔族領域側から防衛都市に侵入するのならば、高い塀を越えなければならない。




「昨日とは打って変わって籠城の構えか……」




 籠城は敵の兵糧などが尽きるまで耐える。もしくは援軍が期待できる場合に有効だ。人間どもにこれ以上の援軍が来るのかというのはまだ不明だが、まぁ悪くない選択だろう。しかし……




「こちらは昨日の戦闘で食料をある程度確保している。昨日からずっと籠城していればこちらに飢えで倒れる者もいずれ現れただろうに。なぜそうしなかった?」




 食料を奪わせる事に意味があった? 


 ――いや、昨日奪わせた食料は何かが仕掛けられている可能性を考えて調べさせたが何も出てこなかった。試しに部下にくわせてみたが体調に変化のあった者もいない。




「まぁよい。敵が動かない限りはこちらも策は仕掛けられぬしな。ここは定石通りに攻めさせて頂くとしよう」




 そうして魔王サタナスの指揮の下、防衛都市マリュケイカへの総攻撃が始まった。


 しかし、防衛都市マリュケイカの防備は固く、魔族側の総力をもってしても突破することは困難だった。魔族が連日攻めても人間側は屈することなく抵抗を止めなかったのだ。


 しかし、それでも魔王サタナスは愚直な総攻撃を止める事はなかった。



 理由としては大きく分けて二つ。






 一つ目の理由は動かない敵に対して打てる策は限られており、今は定石通りに城攻めを行う事がベストであると判断したから。



 もう一つの理由はその総攻撃がきちんと成果を上げていたからである。


 人間側は連日の魔族による攻撃で傷つき倒れる者が多かったのに対し、魔族側にはそれほど被害が出なかったのだ。ゆえに、この状態が続けば続く程魔族側は有利になっていく。だからこそ魔王サタナスは愚直な総攻撃を止めなかったのだ。



 しかし、同時に警戒心が募っていった。総攻撃を開始してから数日後は魔族の半数ほどしか攻撃には回さないようにした。もう半分は周囲、主に背後への警戒だ。




 (これは……間違いない。敵は明らかに時間稼ぎをしている。この状態が続けば優勢なのは我らだが敵は何かを待っている……何が狙いなのだ?)




 魔族が戦術都市マリュケイカへと辿り着くまでに人間側は魔族が攻めてきた事を把握することができたはずだ。三十万の兵の進軍を隠蔽することは不可能であるし、進軍には多少の時間が必要だ。その間に人間どもが何かを仕掛ける事は出来ただろう。……例えば魔族領域のどこかに伏兵を置いておき、背後を攻めさせて挟み撃ちにするなどだ。



 その可能性を考慮して、魔王サタナスは兵の半分を周囲への警戒にあたらせたのだ。幸いというべきか、マリュケイカへと攻める兵が半分になっても特に問題は浮上しなかった。攻める人数が減ったことでさすがに敵兵の死傷者の数は減ってしまったが、それでも人間側の被害は魔族たちより大きい。半分の兵で攻めさせ続けても問題ないと魔王サタナスは判断し、正面よりも周囲に伏せられている可能性がある敵の罠に注意を払う。



 そんな戦いが……一ヵ月ほど続いた。

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