第5話 道具屋さん、罠を張る


「何って……人聞きが悪いですねぇクルデルスさぁん。僕は勇者ですよ? そんな人を操るような邪法なんて使えるわけがないじゃありませんか。ただ……自分は勇者である前、道具屋の店主でしてね……交渉事には多少なりとも自信があるんですよ。これはその結果です」



 そう――この日の為にクルデルスさんの仲間である彼らに対して僕は交渉をしていたのだ。みんな大変物分かりが良い人達で交渉は何の問題も無く上手くまとまった。いやぁ、情報を集めてくれたカフテルさんとお姫様には感謝しなくちゃだね。



「交渉だと? 一体何をっ?」



「ごめんなさいクゥ。でも……こうしないとお母さんが……」

「すまねぇ……本当にすまねぇクゥ兄ぃ。でも……こうしないとちぃちゃんが……」

「ごめんねぇ、本当にごめんねぇ」

「ぐすっ、ひっく。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。でも、もう嫌なの。あんなの……嫌なのぉ。うぅ」



 クルデルスさんのお仲間さんたちが彼に向かって懺悔ざんげの言葉を口にしている。あぁっ! なんと美しきかな友・情!! そうだよそうだよねそうあるべきだよねぇ! 親しき中にも礼儀あり。悪いと思ったら謝るべきだよねぇ。昨今の若者はそれすらも出来ないと聞いたことがあるけど流石はクルデルスさん率いる優秀なパーティー。素晴らしいなぁ。



「き……さまぁっ! 卑劣な……この……卑怯者がぁっ!」


「卑怯だなんて人聞きが悪いですねぇ。あなた達も魔物が相手ならば作戦を練って、相手を罠に落として倒すこともあるでしょう? それと何が違うというのですか? 良いことを教えてあげましょうかクルデルスさん……交渉とは、始まる前に終わっているのですよ」



 これは戦いにも同じことが言えるよね。戦力を多く用意し、適切な作戦を遂行した側に勝利の女神は微笑む。僕は――勝つ為の努力を怠らない。それだけの話。とっても簡単だよね?



「くくっ、ははははははは」


 おやおや、どうしたのかな? 仲間に抑えられているというのにクルデルスさんが笑い始めたよ? 気でも狂ったのかな? 可哀そうに。



「勝ったと……そう思ったな悪魔め。だけど……そうはいかない。ボクにはまだ……これがあるっ!!」



 ――――――ピィーーーーーーーッ



 クルデルスさんが口笛を吹いた。器用なものだなぁ。



「器用ですねぇクルデルスさん。後で構いませんから僕にも口笛の吹き方を教えて頂けませんか? 僕の場合、指を使っても上手く吹けないんですよ。それに引き換えクルデルスさんは凄いですねぇ。指を使わずに口笛が吹けるなんて尊敬しちゃいます」


「ふざけていられるのもそこまでだ。もうすぐ――」


「ペットのレグルス君が来る……ですか?」


「――ッ。そこまで分かっているなら話が早い。レグルスはボクのいう事しか聞かないんだ! お前のような卑怯者如き、レグルスの牙にかかれば瞬殺だ」


「そうなんですかぁっ! ああ怖い。怖いですよぉ!! なんて事をしてくれるんですかクルデルスさぁん! 僕が何をしたって言うんですか。怖い人ですねぇ」


「こ、後悔してももう遅いっ! だが……仲間を開放してボクたちと、ボクたちの村にもう干渉しないと誓うなら命だけは助けてやっても……」



「――ところでクルデルスさぁん。そのレグルスちゃんはいつ来るんですかぁ?」



「なに?」



 言われてクルデルスさんは辺りを見回す。しかし、何の変化もない。数秒、数十秒、一分を過ぎても何の変化も起きない。



「貴様……何をした? レグルスはボクたち五人が死力を尽くしてやっとの思いで屈服させた魔物。そのレグルスを貴様なんかが倒せるわけが」



「倒せるわけがない。ですか? まぁそうですねぇ。刃も通らず、生半可な魔法も通さない。そんな魔物を相手にすれば僕もひとたまりもありません。騎士団や山賊の方々と駆使すれば何とかなるかもしれませんが、それでも被害は大きくなるでしょう。そんな事は許容できません。そもそもですよ? 新しい戦力を得ようというのにそれを手に入れるために既存の戦力を疲弊させると思いますか? それに魔物のレグルスちゃんも大事な戦力の一つです。傷つけたりなんてもちろんしていませんとも」



「なら、なぜレグルスは来ないんだ!?」


「さぁ? クルデルスさんの口笛が聞こえてないんじゃないですかぁ?」


「そんな馬鹿なことがあるものか!?」



 いやぁ、そんな馬鹿な事があるんだよねぇ。

 半年という長い時間をかけたけど、レグルスちゃんという魔物に対する回答は出なかった。

 魔物なので交渉は無意味。戦えばこちらにも被害は出る。しかも、戦闘になった場合、貴重な戦力であるレグルスちゃんを手に入れることができなくなるかもしれない。生け捕りにして、言う事を聞かせれば良いのかもしれないけど、さすがにそこまでの事を騎士団や山賊の皆さんに期待するのは酷だからね。

 つまり――レグルスちゃんと戦う事。それ自体がダメなんだ。損しかない。それは僕にとって敗北と言っても良い。


 ならばどうするか? 簡単なことだね。戦わなければいい。

 残念なことにレグルスちゃんをどこかに閉じ込める事は不可能だった。魔物なので行動パターンの予測がし辛いし、生半可な策で閉じ込めようとすればその野生の勘で感づかれる恐れもある。


 ですが……そんなレグルスちゃんを唯一使役できるであろうクルデルスさんはどうかな? 彼を閉じ込める事は出来るんじゃないかな?

 実はこのクルデルスさんと交渉しているこの場所。彼の住む村から少し離れただけの見晴らしの良い野原なんだけど……一つだけ細工がしてある。



 実は、ここから見える青空、遠くの景色、その他遠くに見えるものすべては……ただの絵なんだよね。

 正確に言えば防音性の高いパネルになるべく違和感を覚えさせないように絵を描いただけ。

 手順はこうだ。

 まず、正方形状に作ったそれらの一辺だけを空けておく。空ける場所は当然クルデルスさんの住んでいる村の方だ。当然、そこに住むクルデルスさんはその空いている箇所から入ってくる。正直、この瞬間だけは僕も緊張していた。なにせ、一番仕掛けがばれやすい瞬間だからね。本物の風景と偽物の風景。そのわずかな差異に気づきやすい瞬間だった。


 しかし、僕の話術やわざと派手に設営した交渉の場によってクルデルスさんを騙すことができた。彼は周りの仕掛けに気づいた様子もなく交渉の場へと入ってきた――防音性の高いパネルで覆われた交渉の場へとね。


 そこからは簡単。あらかじめ用意しておいた残る一辺のパネルを空いた箇所へとスライドさせる。そうすれば……密閉された空間の出来上がりだ。



「さぁて……怖いですねぇクルデルスさぁん。僕はただ対等な状態で交渉を申し込んだだけだというのに……仲間と連携して僕を倒そうとする。魔物を呼んで僕を倒そうとする。野蛮ですねぇ。もう少し知性というものを人間は持った方が良いと思いますよ?」



「なにが対等だ! こんな事をしてただで済むと思うなよこの悪魔ぁっ!!」


「おぉ、怖い怖い。しかし、もう叫ぶだけしか出来ないというのになぜそんなに威勢がいいんですか? 教えて欲しいですねぇ……ねぇ、お母様? あなたは息子さんに一体どういう教育をされているのですか?」


 さぁ……特別ゲストのご登場だ。

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