それぞれの世界

「そんなことで?」

 斬が止めに入る気配がしたものの、それを振り切って私は叫ぶ。

「そんな馬鹿げた話のせいで、私の両親を殺したのか?」

 神宮はニヤニヤとただ笑っている。

 

 自分自身までも殺そうとしているのに、なぜそんなに余裕ぶっていられるんだ。


 彼の意図が全く読み取れず、私たちは困惑する。

 最初に沈黙を切ったのは蒼だった。


「皆を殺し、そして地球を取り戻す、という事だったが、それをやったとしても、人間はもう誕生しないだろう」


 鋭い白い目を神宮に注ぎながら、彼の生き様を説く。


「それはありえない。有能な私は神に選ばれ、蘇れるはずだ」


 私と同じ緑色の目を滾らせて、彼は意味の分からないものを言い出す。


 斬がなんとかその視線を受け流して問う。

「お前、確か、地球にいた人類で研究によって今生きているんじゃなかったか?」


 それを恨んでいるのか、と恐る恐る斬は核心に切り込んだ。


「恨んでいるに決まっているだろう。

 今まで家族のように育てられた部下達は研究の順位が遅くなったばかりに死んでいった。俺だけ助かったんだ。

 その後は何がなんだか分からん、研究によって生み出されたお前らみたいなやつが幅をきかせる始末。

 力も武器に頼るしかない、真っ暗闇の、今までとは全く別世界の人間社会に、俺みたいなのが適応できるほうがおかしい」


 狂ったように頭を振り乱し、それに、と続ける。


「俺は実験の代償として、寿命が縮んでしまった。俺にはもう時間が足りない。最後に、ヤクザ魂というもんを見せつけてやるのさ」


蘇る、とでも思ってなけりゃこんな真似できるかよ、ともはや開き直った口調で繰り返す。


「俺は今までなんでお前に付いて来たんだろな」


 ギッと本筋の神宮が鋭い殺気を覗かせる。

 お前とは何だ、と雰囲気で語るその男に、斬は一ミリも怯んでいなかった。


「観念しろ」

 私が言うと、大きな口を開け、笑い出した。

 何か作戦があるとでもいうのか?

 注意深く神宮の行動をジワリと眺める。


「お前な、暴力団にそんなもん通じると思うのかよ」

 面白えやつだな、となおも笑い転げる。


「それが、通じるんだよな」

 私たちは、正当な話し合いの立場に相手と自分たちを置いた。


「あ"?何言ってやがるんだ、このアマ」


 今までにない迫力ですごむものの、そこに新鮮な、人生を何かにかけた男のものではなかった。


「私たちは、正当な持ち主だ。あの石を返してもらおう」


 でないと、と言って、ゆっくり神宮に近づく。斬と実が後ろから私の護衛として付いてきてくれる。


 ここはなんて暖かい場所だんだろう。

 絶対に守ろう、とそう決めて、私はあえて柔らかな口調で、諭すように、告げる。


「ここに、お爺様の日記がある。中には私の所有を証明する文字もある。強力すぎる証拠だ」


 一瞬固まった神宮に、私は最低限で最大限な事を告げる。


「この場に、蒼と斬、そして実と杏子がいる。人間のあり方は、大きく入れ替わるだろう」


 少しずつ神宮が顔に取り付けていた余裕が崩れ始める。

 彼は、人生をかけて喚き立てた。


「何をとち狂ってやがる!その日記は俺が木っ端微塵にしたはずだ!なんだその腐ったような日記……」


 途中で勢いを失う。私たちの手元を眺めだした。


 まあ、これだけ撮れてればオーケーだな。

 そう判断し、私はポケットのものをみんなの視覚内に引き摺り出す。


 それは、単なる小さな録音機材だった。


「お前っ…!!」


 迫りくる神宮と私をさっと分断させたのは、実だった。

 鋭い音が、また響く。だが、2度目は通用しない。

「なんでてめぇ倒れねぇんだ!」

 もはや悲鳴の様な、追い詰められた野生動物のような声で絶叫する。


 もちろん、防弾チョッキを着ているのだから、めったな事じゃ死なないんだよな。


 実に釘付けになっている神宮の死角から、斬が彼に飛びかかって、神宮が正気を取り戻す前に銃を奪う。


「さて、チェックメイトだ」

 私は宣言する。社員のために、そして、人類のために。

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