誰が敵で、誰が味方か?

「まあ確かに、そうです……ねっ!」

 不意を突いて、実が私との距離を一気に縮める。勿論、ナイフを携えて。あと一歩、というところで蒼が足で実の腕を蹴り上げ、ナイフを逸らした。綺麗に真っ直ぐ狙ってきたナイフの曲線。それに光が当たって輝いた。その結果を導いた蒼の顔にも、信じられない、という感情が浮かび上がっているのが見て取れる。動きもいつもより散漫だった。


 嘘だ。実が裏切るなんて、嘘だ。絶対、信じるものか。だって、あの時、世界一になろう、と言って、笑いあったじゃないか。


 そればかりを考えていると、実は昔とは別人であるかのように、少し苦々しそうに笑いながら、私の心にとどめの言葉を吐く。

「有里、人類のために死んでくれ」


 顔を歪めながら、私はなんとか会話を成立させようと口を開く。

 この作戦はいつまで持つか、と考えても、そんなの1秒ももたないに決まっていた。

 

「なんで私が死ぬと人類が助かるんだ?!」


「あなたなら私が今からやることを阻止しようと働くと思うからです……よっ!」


 蒼が死角をついて擦り寄って、振り上げたであろうナイフを難なく弾き飛ばした。

(蒼じゃ相手にならないか)


 私も参戦しようと腰を低くしたら、後ろから寂しそうな声が聞こえた。


「後ろがガラ空きよ?」

 私は咄嗟に背後の杏子と向き合い、目をつぶり、腕で顔をガードする。


 杏子はその腕の下、脇腹に動きやすそうな靴をめり込ませる。


「ぐっううう」


 蹲って激痛に耐える事しか出来ない私から視線を逸らし、実の方に目を配るが、そちらも当然戦いは終わっていた。私と同じように攻撃を喰らったのか、うつ伏せで横たわる彼の体は痛みで条件反射として震えていた。


 これは、私のせいか?みんなのこと、知り得なかった私のせい?なんで実はこんな行動を。利益は……いや、あいつは私の事を第一に考えている……だから……!!


「ね? 有里ちゃん。これから対峙しようとしている人は、これよりさらに優しくないわよ?」

 私が打開策を考えていることを見てとり、やめておけ、と、自分の星に戻ってろ、と言われたことを察知して、私は無理やり前を向いて、杏子と目を合わせる。


「お前らが困って苦しんでいるのに、社長の私が放っておくわけがないだろ!」


「実ちゃんはともかく、私はあなたの社員ではないわよ?」


 本気で不思議そうにしている杏子に、私は想いの全てを叩きつける。


「実も、杏子さんだって、家族じゃないか!」


 無言の時間が流れる。だが、私はこれだけは譲れない。


 手負いの獣のように唸り声を上げながら、気力だけで立ち上がる。

 どうしてこうなった?

 私は物心ついた辺り、2人と出会った時をやっと思い出した。


「わたしがいっちばん!」

 軽やかにかけていく私。だが、重力が無いせいで、かなりフワフワと危なっかしい。


 私と瓜二つだという母親が、唯一私と違う赤い髪の毛を、炎のように揺らめかせて、笑っている。


 和やかな日常が、そこにはあった。


 私はどうやって父さん母さんと引き離されたんだっけ?


 殺された、という事実を知ってはいても、今までまるで思い出せなかった。


 それを、今度は意図的に、引き上げる。




 目の前に、炎が浮かび上がった。


 これが、過去の記憶……



「逃げろ! 有里!」


 聞いたこともない父さんの怒声が響いた部屋から、私は逃げ出そうと駆け出した。

 だが、とんでもない速さで私に追いつき、手を絡ませて私を造作なく無力化する影があった。

 怖い、怖い、逃げなくちゃ!!!そう繰り返す脳内が、痺れんばかりに指令を送ってくる。でも親を置いていけるものか!家族を、救ってみせるんじゃなかったのか?!

 考えが纏まる前に、好機と思ったヤクザ連中が私の前に飛び出し、鞘からナイフを抜いた。目の前に迫りくる銀のナイフは、今みのるが持っているものだった。

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