異変
「やだなぁ」
帝の面白そうな人を喰ったような歪んだ顔が目に浮かぶ。
「彼はもううちの物だよ?株式会社石井派遣事務所さん?」
剣呑な顔を浮かべた私達3人の中で、それでも3人とも冷静だった。
「そう言うと思ったよ」
私は急遽連れてきたトランクを、両手でなんとか前に突き出す。
「この金で、あいつを買い戻してやる」
はーーーっと帝の重いため息が溢れ落ちた。顔を片手で覆い、顔を下げた帝。そして私たちに向き合った時、彼女の目は真っ暗だった。
「そこまで僕の思い通りになるっていうのもつまらないなぁ。いいや、この子は返すよ」
「「なっ!?」」
動揺の声は中からも聞こえた。
「でも帝さん!?僕らがどれだけ手こずってこのお方をお連れしたと思って……」
喉元に光る果実ナイフを感じ取って、その下っ端は口を閉じる。
「何か私に言いたいことでも?」
目は全く笑っていない。その迫力に、私たちですら圧倒される。
(息ができない……)
どれだけ自分が帝に可愛がられていたのかがハッキリして、ベタ惚れだったのだと有里はやっと気づく。
「なんでも……ありません」
下っ端の唇にピアスをつけた男性は屈服し、許しを乞うた。
「生半可な気持ちじゃ、僕の有里に対する想いは覆せないよ?」
堂々と好きを宣言する彼女に、私は深くため息をつく。
「まだお前はそんなこと……」
「そんなこと、じゃないんだ私にとっては」
本気で苛立つ彼女を目にしてようやく本当の彼女が見えた気がしていた。
「とりあえず、彼を返せ」
離してやれとばかりに顎で下っ端ヤクザを使う彼女は、かなり様になっていた。
(前はこんなじゃなかったのにな)
私は、美しかった過去に想いを馳せる。
「有里ちゃん、そっちいっちゃダメだって先生が……うわっ!」
びしょ濡れになる彼女を何回見たことか。すぐすっ転ぶ彼女を皆んなは揶揄って……
誰かが、私を、追い抜いて、彼女を、引っ張って、立たせる。
(……?)
その人とは誰だったのか、よく思い出せない。
「ごめんね有里ちゃん」
そう後ろで声がした。後ろを向こうとするが、その人は関節をガッチリと嵌めて、私を冷静な瞳で見下ろす。
「なんで……?!」
私がそう言った声に返すその人は、冷たく言った。
「有里ごめんなさいね」
そう言って雁字搦めにする彼女。何かがおかしい、と私は弱った頭を必死に働かせる。閃くものがあった。
「実!杏子を退かしてくれないか!?」
弱すぎるが強い心を持つ蒼には待機していてもらう。彼は勇敢にも杏子の隙を窺っていた。一方、
(なんで全く動いてないんだ!?)
「実……?」
悲惨な声を掛けても、彼は動いてくれない、どころか、彼は下を向いてしまった。
何が起こっているのかまるで把握できない私をじっくりと見つめて、帝は残酷に、冷徹に、言葉を紡ぐ。
私を傷つけ、離さないと、蜘蛛のように、優しい糸を、巻きつける。
「実ちゃんは、私たちの仲間よ」
あまりの出来事に、私の思考が停止した。
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