移動装置


 私は斬の声が聞こえた気がして、サッと振り向く。何もないその空間に焦りを感じながら、私は機械の設置が完了するのを待っていた。

 もちろん金額を馬鹿みたいに上げられたが、そこは社長である私が交渉術でなんとか値切ってみせた。さすがの私も帝が相手ではろくに武器も見せられず、不完全燃焼だったことが、私の苛立ちを助長させる。

 イライラと爪を噛む動作に気付かれて、みのるに止められた。

 あいつなら大丈夫だ、と瞳で語る彼を見て、私は少し力を抜いた。


「あいつ、今頃どうなっているだろうねぇ」


 そんな私たちを馬鹿にするかのように、みかの独り言は止まらない。


「1番気の短くて、カタギの世界に逃げ込んだ彼に恨みと言えるほどの感情を持っていそうな奴、送り出したけど、斬くんはどうでるのかねぇ」


 殺すのかな?ねぇ、殺すのかな?と声が妙に反響して届く。

 黒い球にスピーカーと変声機が搭載されているらしい、と分かってはいるものの、大勢の人にささやきかけられているような幻想に、意識を捉われそうになる。


「よしっ。取り付け完了。ちょっと噴射してみろ、ゆう……」

 り、と言い終えるまでに、私はアクセル全開に吹かせて、専用のパイプを抜けて外へと飛び出した。


 皆の慌てた顔が後ろから聞こえてくるようだったが、それをなんとか無視して、私は自分につけられた移動装置ブースターのレバーを握りしめる。

 ブースターは宇宙空間内で空気を噴射することで移動できる装置だ。いくつもの噴射口があり、どこからどれだけ噴射させるかレバーで指示を出して移動する。移動位置を糸で確認しつつ、私はひょいひょいと自然の星や人工の星の側を駆け抜けた。

 物凄い速さで近づいて遠ざかっていくそれらはキラキラと輝いていて、星がみんな流れ星に変わっていくような、毎回そんな気持ちになる。眩しいところから暗闇へ逃げるようにして目的地へと向かうこの旅の方法は私が大好きなもので、よく家族と遊びに出掛けては1人だこれに乗って操縦してみたいと焦ってばかりいた。実際運転するとそれどころではない。


 こんなに馬鹿みたいなスピードで運転する奴はいないらしい。近づいては遠のく星たちの住民に次々と罵声をあげられる。

 まあそこで止まってやるいわれもないためにどんどん先へ進む。この広大な宇宙を取り締まろうなんて馬鹿はいるはずもない。


(いや、蒼はその大馬鹿なんだった)


 蒼はあれで案外善人なんだと、斬に紹介したいな、と私は笑いながら考える。

 レーダーをチラリと見ると、後ろから近づいてくる影が見えた。

「!!?」


 流石に想定外すぎて慌てる私を嘲笑うかのように影は上手く操縦をこなして近づいてきた。


「帝のやつ、もう追手を準備したのか?!」


 思わず焦りを操縦に出してしまう。


「やばっ」


 規則的な操縦を逸脱してしまい、私はふわりと人工の星目掛けて放たれてしまった。


(やばいやばいやばい!)


 なんとか体勢を立て直そうとしても回転とスピードが早すぎて上手くいかない。


 せめて衝撃を和らげようと顔の前に手を交差させて、身体を丸めて備える。


「この馬鹿め」

 いつの間にやら私は蒼の手の中にいた。

 何が起きたのかさっぱりわからない私に向かって、やっとのことで追いついたらしいみのるに状況説明してもらう。


「お前が馬鹿みたいにすっ飛んで行った後、蒼はすごいスピードで俺らの装備を取り付け終え、そのままアクセル全開でここまで来たんだ」


(あんなに規律を重んじる蒼が、速度違反!?)


 信じられないと顔で示して蒼を振り返ると、ゴチン、と頭を叩かれた。

 私が目を潤わせて蒼を見ると、彼も泣きそうになっていた。


「この大馬鹿もんが!!」


 蒼の大声に圧倒され、私と実は動けなくなった。よく大人に怒られていた私たちだったが、蒼はいつも意地悪い顔を浮かべるだけで、秩序に反しても長い説教が待っているのみ。馬鹿にされてきただろうに、今回のように声を荒げて叫ぶ様は一度も見たことがなかった。


「勘弁してくれ……。お前らまで失いたくない……」


お前ら・・・まで……?」


 わたしが聞き返そうとすると、蒼に思い切り引っ張られた。

 側を大きすぎる星が通り過ぎ、まさに間一髪、私の髪をかすめて通り過ぎていった。蒼の顔は危機迫っていて、どうにも言葉が出てこない。


「ちょっと、待ってよみんな!」

 スピーカーで拡大された声を響かせるのは、大袈裟すぎるほどの装備を身につけた杏子だった。


「やっと追いついた」

と泣きそうな声で呟き、体勢を整えられずにワタワタと手足を動かす様子を見て、私たちは揃って先ほどの感情を胸に仕舞い込んだ。

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