斬の過去

「ふぁーあ」

 俺がデカいあくびをかましてやると、監視役の同類がこちらをチラリと見た。少し苛立った様子が見て取れる。

 だが、上機嫌そうに鼻歌を歌っているあいつにだけは伝わることがなかった。


「なあ」

 俺は檻の中から囁く。

「何でそんな音痴なのに堂々と歌えるんだ?」


 怒らせるつもりだったのに、彼はニコニコと口を曲げて笑って言った。

「君!センスあるねぇ!もっと聞かせてあげよう!」


「ちょ……待て、何なんだお前」


 クルッとこっちを見る様は、まるで梟のよう。どうしたらそんなに身体が柔らかくなるんだ、と呆気にとられる俺に、さらに畳み掛けてくる。

「だって、嫉妬して文句を言ってくるほど僕の歌が綺麗だったってことだろ?」


 もう何を言ってもこいつには無駄だと早々に気がつき、俺は檻の奥へと進んで、ガタガタ揺れる馬車に体のリズムを合わせることに専念する。

 ガタッと大きく揺れて、俺は頭をぶつけた。

「いってぇ!なんだこの狭さ!ふざっけんな!」


 俺の怒声に従者であろう2人がビクッと飛び上がる。うち1人が泣きそうになりながら、声を上げる。


「烏様、この人の見張りするの俺、嫌ですよ?めちゃくちゃ怖いじゃないですか」


(本人の前で言うってことは全く怖がってない証拠だな)

と俺は何故か冷静になってしまう。


 鈍い音が聞こえた。

(なんで、棒でぶん殴っただけで人が倒れるんだ。全くもって意味わからん)


「君も、こうなりたいかな?」

 俺に話しかけていた、烏と呼ばれた幹部らしき男は、化け物じみた表情でもう1人の新人に喰らいかかる。新人は苦笑いして、首を振った。

「烏さんに歯向かおうとするのはそのバカと、このバカくらいですよ」

 このバカ、で明らかに俺に視線を寄せたそいつは、やはり殴られた。


「舐めてんだろてめぇ」


 俺は凄い勢いで重いため息をつく。


「俺を監視する奴ら全滅させてどうすんだ」


「別に構わないさ、斬さん」

 そう言って機嫌を損ねたのか、スピードをぐんぐんあげていく。周りに見える景色を見ても、真っ暗で何も見えない。


 知り合いでもなんでもないこいつは、なんで俺に肩入れしてくるのか、まあそりゃ俺がある組の幹部やってたからだろうと察しはつくが、肝心の組自体に逆らって、タダで済むとは思えない。


「俺のことを心配するより、まずてめぇの心配しやがれ、この偽善者」

 心の中を覗き見たように、烏は喚く。


「烏そのものだな」

 俺が言うと、何故か嬉しそうな顔をしていた。


「……どこに向かっているのか、聞かせてくれねぇか?」

 そう言うと、烏はガラガラ笑った。

「いやだなぁそんな気取っちゃ。どうせ知っているんでしょう?」

 俺が少し顔を固めると、烏は長い前髪を掻き上げて、ピンで止める。唇と耳にピアスをつけ、ゴテゴテの指輪、ネックレスをつけたそいつはまるで、絵に描いたようなヤクザ……というより、絵に描いたようなヤンキーだった。唯一の違いは、右の眉あたりに描かれた、真っ黒い鳥のシルエット。

「俺らがオークションの従業員だって知っているだろうに」


 そう、こいつらはオークションで何でも売って、何でも儲ける、ヤクザ組の幹部。そいつらは鳥のシルエットをこいつのように身にたたえていた。

「特にあんたは、最高の賞金稼ぎだったよなぁ?なんでやめちまったんだ、勿体ない」


 そうもはっきり、勿体ない、と純粋な感情で言われては、俺は怒ることも出来やしない。仕方なしに語り出す。


「才能も何もなかった俺にはそれくらいしか出来ることがないと思ってた。だけどそうじゃないと有里が教えてくれたんだ。その時の気持ちまで、むざむざ捨ててられるかってんだ」

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