金狂い

 蒼に道案内をしてもらいながらしばらく走ると、頑強そうな立派な扉が見えてきた。

「この中に入るのに何かパスが必要なんじゃなかったか!?」

 蒼はニヤリとして胸を逸らせて言った。

「僕を誰だと思っている、この大馬鹿もの」

 私たちが扉の前に立つと、センサーがつけてあるのか、上から声が降ってくる。

「IDとパスワードを入力してください」

 何処までも機械的な声を聞くと、蒼は勢いよく息を吸い込んだ。

「僕にパスワードなんて必要なものか! 社長を出せ!」

 静寂が満ちる。

「IDとパスワードを入力してください」

(まあ、そりゃそうなるわな)

 蒼が迷いなく扉にふわふわと近寄って、私が止める間も無く扉を力一杯蹴り付けた。

「おい蒼、何やってるんだ!?」

 流石に顔色を変えて私が止めると、

ビーー!!ビーー!!と、嫌な音が聞こえてきた。

 私たちが固まっていると、丸い銀色の球体が漂ってきた。ただし、一つ付け加えられたであろう警告笛を、凄まじい勢いで奏でながら、私たちに突進してきた。

 まだギャーギャー言っている蒼の袖を思い切り引っ張りながら、私は必死になって逃げ惑う。絶対あれに関わっちゃいけない、と私の本能が鋭く警告してきている。

 ピーー! というモスキート音のような音が聞こえ、明かりが私達を追いかけて照射される。私は咄嗟に片足を全力で左壁に押し込めて、右の壁へジャンプした。

 ガガガ、という凄まじい音が狭くて薄暗い廊下に反響する。一瞬後、左壁は砂埃へと変わり、そこら中に舞い散った。

(やばい前が見えない……!)

「何だあいつら礼儀がなってないな」

「おい蒼!! さっさとあいつら何とかしてくれ!!」

 蒼のことを気遣う余裕もなく、勘で隣の部屋にスライディングで滑り込み、相手の様子を窺うと、砂埃が浮き上げる中、真っ直ぐこちらに銃を構えて向かってきている球が3個ほど瞳に映った。

「蒼!!」

 業を煮やして私が叫ぶと、蒼は当たり前のように言った。

「僕を見たらみんな平伏しろ、という法を作らないといけないのか!! そんなもの必要なしに僕に平伏すべきだろうが馬鹿者共め」

 私は頭を抱えて、真っ暗で星が舞う宇宙を仰ぐ。

「任せろ、って言ったのは、蒼がいればその威厳で扉を開けてもらえる、という事だったのか?」

 違うと言ってくれ、と内心祈りながら答えを待つが、その意に反して蒼はたっぷり自信を持って、頷く。

 ド級のため息をついた私は、素早く今の状況を纏めて、生きて扉の中に入る手段を探す。


「うわぁ!?」

 だが、随分素早く動く球に、翻弄され続けている今はうまく頭が働かない。仕方なく、これからの展開を分析してみたら、面白い事が頭に浮かんだ。

(こいつら、ただの威嚇兵なのか?)

 私たちの動きは球の足元にも及ばない。よく見ると、それらにはセンサーがついていて、私たちのいる場所を完全に把握している。なのに、一発も当たらない。

(よし。試してみるか)

 私は勇気をかき集め、その場で止まった。

「おい有里!?」

 蒼の慌てる声が聞こえたが、私は動かない。ガシャンという音が聞こえて、球から刀が出てきた。

 勢いよく近づくその迫力に、私は必死に耐える。怒声を上げて、蒼が突進してくる。私の前に立ちはだかるその背中は、いつものひょろひょろしているそれではなく、大人のそれだった。私は慌てて、蒼を体全体で止めた。

 ブゥンと刀が近くを通り過ぎていく。

 だが、私たちには当たらない。

 蒼が絶句して球を見る。

「どういう事だ?」

 それに私が答える。

「あいつら、ただ品の悪い客を追い返すロボットなんだ。絶対攻撃は当てられないように設定されているらしい」

 そう言っている間も、球の攻撃は止まない。

「そろそろ煙いな。扉を開けてくれないか?私は客として来ている。厄介ごとを、よりにもよってここへ持ち込むなんて、面倒な真似するわけないだろう」


 しばらくすると、大音量で音楽が流れた。


「いやぁー!さすが新聞社の注目ををかっさらって、今まで生きている社長だ!すごいね!まだ慈善活動なんてやっているのかい?」

 他人を馬鹿にしきった顔。爺様が亡くなられた以来会っていないが、全く変わっていないようだった。耳辺りの毛を刈り上げ、そのほかは無造作にセットされている、白い髪。シワの刻まれていない顔。赤い目をニタニタさせて、この世を楽しんでいるため、皆からは『化け物』と呼ばれている。


「さて、手持ち金はいくらかな?」


 私は無造作にペンをその女に渡す。

「そもそも私が持ってなかったらお前はここまで話を進めないだろ」

 そりゃそうだな、と笑い散らしてその女は金をキラキラした目で見た。


「斬、という名前に聞き覚えは?」


 女はチラリと私の方を見るが、すぐに札束に意識を戻して、数える。なぜ機械に計算を任せないのかと問うと、金を数えた後に残る残り香が好きなのだと、彼女、入間帝いるま みかは狂ったように笑っていた。

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