形勢逆転…?

「ちょっと待ちなさい、蒼」


 よかった、と私は思わず安堵のため息をもらす。


「その道具じゃよく切れないでしょ?こっち使いなさいな」


「待て待て待て待て待てぃ!!?」


 ツッコミ担当を任されるとは微塵も考えていなかった私でも、さすがにその役を引き受けさせるような特大のボケがかまされる。


「いや君ら!そんなの使ったら話を聞き出す前に死んでしまうだろ!」


 いやツッコムとこ、そこじゃねぇ!!と糸でガッチガチに締め付けられた男が咆哮するが、私はまあ無視した。


「そっちのにしてやれ」


 私がみのるの右ポケットを指差すと、3人はニヤリと残虐に笑う。


「はーい」


 嬉しそうに、それをみのるが取り出す。

 それは、爪剥ぎの道具だった。ギラギラ光るその色は、部屋の中で一際異彩を放っていたが、部屋はそいつを追い出せやしなかった。


「わかった!わかったって!喋るよ!」


 途端に怯えて糸を引っ張るが、何故かあの魔法のような力は消え失せ、ふわふわと可愛らしく漂う。


「何をだ?」


 みのるがいつの間にやら私の前に立ち、男に凄んでみせる。


(おお……みのるも相当怒ってるなぁ)


「だから! お前らの知りたいこと……なんだか分かんねぇから、さっさと言えや! なんでも答えてやるから!」


 実と視線を一瞬絡ませて、私は杏子に場所を譲る。


「は!? ちょっと待てやこら何処行くつもり……」


 ガァンと壁を軽く叩いたように見えた。

 それは、杏子にとっては軽く殴った程度だったが、防音仕様の壁が容易に破壊され、隣の部屋へただのガラクタとなって流れ込む。


五月蝿うるさいのよあんた。有里になんて口聞いてるの」


 男はゆるゆると隣を見て、壁が少しパラパラ降ってくる丸い穴を凝視して、夢であれとばかりに凝視して、一気に血の気は引いたらしい。姿勢を正して、私に視点を合わせる。


「何でもどうぞ有里様」


 杏子の拳が、男の右肩へ埋め込まれる。


「ガッ!!!くっ……そ、いってぇぇぇ……」


 私はじっと男を見る。静寂と壁からの瓦礫音だけが部屋に積もる。


「ふざけてないで、ちゃんと答えてくれないか?」


 私はにっこりと、殺気を放ちながら、男に笑いかける。


「な? 話してくれないだろうか?」


 ここで男が冷静で、提案を齟齬にしたならば、真相が見えてこないのが残念、と思いながら私は彼を殺すだろう。

 男が冷静さを欠いて話出せば、まだ逃してやれるかもしれない。


(言え、言え、頼むから降参してくれ)


 男の顔がゆっくりと有里に晒される。その顔は、迷いやプライドで捻じ曲がっていた。


「俺は下っ端で、何を知ってるかというと数個しかねぇんだ」


 私が焦らさず、ゆっくり無言で相槌をうってやると、男は少しずつ冷静さを取り戻すそぶりを見せた。


「杏子」


 私は彼女を男の後ろに着かせた。狼狽る男に、私は言ってやる。


「ただの牽制だから気にすんな。変な言動さえしないでいれば、傷つけやしないよ」


 男の脈が増したことを察知して、私は質問を飛ばした。


「とりあえず、君たちがまだ兵力を隠し持っているということはないか?」


 男は力なく項垂れたまま、少し首を上下に振る。


「お前たちの目的というものは、先程語ったもので全てか?」


 また同じ反応。


「私以外の生死は何か言ってたか?」


 男は肯く。答えを促すと、私以外全員生死の有無は言われていないそうだ。


「僕たちは殺してもいい対象ということだね。なんて大雑把な」


 蒼が言うと、男は何故か私の後ろをじっと、何かを思い出すように、眺めていた。


(なんだ……?)


 嫌な予感に息が詰まる。


「なるほど、な」


 途端に落ち着いた男は、顔を歪めて、

信じられないほど大きな音で笑い始めた。

 笑っているだろうに、全く楽しそうに見えない男の動作は、私を怯ませるには十分だった。


「それじゃあ俺みたいな下っ端がかき回してっからの方がいいわな。そうだろ?」


 何かが見える、とでも言うように、私たちより右上の天井に向かって喚き立てる。


(腕の糸が……)


 いつの間に緩んでいたのか、男が身体を一振りすると、頑丈に縛ってあったはずの糸が簡単に外れて、主人を見送った糸は、ストンと床へ落ちる。


「なっ……!?」


 杏子がすぐさま戦闘態勢に移ろうとするが、男の方が早い。口の中をモゴモゴさせたと思うと、口の中から取り出した何かを、私たちの前に捧げるように持った。そこには、ある模様が書かれていた。


 蒼がいつもよりさらに色を失って、叫ぶ。


「原子爆弾……!?」


 横から杏子が私の元へ跳躍するのが見えた。私を抱えて、跳躍、する前にその爆弾は地に着いて、煙を吐きだし始めた。


(落ちてすぐに爆発しない!!)


「まて! これは目をそらせるためのものだ! 原子爆弾ではない!」


 私が大声で怒鳴ると、3人はピタリと逃げようとする身体を無理やり敵の消えた方に向けて、捜索をしに、駆けていった。


「蒼! 社長をよろしく頼む!」


 実の言葉に、蒼は頼られることが満更でもなさそうに頭を掻いて、早くいってしまえとばかりに私の手を引っ掴む。


「蒼! ちょっと待ってくれ!」


 蒼が私の手を離すと同時に、私は、爆弾だと思っていたものに向かって駆け出す。

 おい、と私のことを慈しむ、優しい、蒼の声が聞こえる。


(それでも私は……)


 爆弾もどきを、そっとハンカチに包み、私は蒼に謝って、その場を後にした。


 これが正解なのかは、誰もまだ知らない。




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