守りたいもの

みのる! 右!」


 私が叫ぶと、彼はヒョイと私の計算を疑うこともなく、右へ体重移動して潜るように滑る。

 また全力で叫ぶ。


「ブースター!」


 蜂が羽を震わせる時の音に似た音色が辺りを満たす。


「左上!」


 敵の動揺した隙を狙って、素早く指示を飛ばす。


 彼はその通りに、先ほど同様左に移動して、低く蹲み、ブースターを全開出力に変える。すぐさま床を蹴って思い切り敵の顔を狙って拳を突き出した。敵は反応する余裕すらないと見え、またしても慌てている隙を突いて着実に敵を蹴散らしていった。


 『ブースター』と呼ばれるものは、ただ空気を圧縮しただけのもの。それを10数箇所から噴射できるようになっていて、噴射の場所によって、素早く動けるようになる。だが、この装置は難しすぎる。実でやっと使えるレベルのもの。敵の動きを見る限り、それを使えるわけがなかった。


 人口的になら気圧や重力等を作り出せる。とはいえ、それらは紛い品であり、本物の気圧や重力を再現するのは不可能だと言われている。


 それを使ってようやく、殴る、と言えるまでの動きができるはずなのに……


(何であいつら、ブースターも何も持たずにあんなスピード出せているんだ!?)


 センスが良く、大会での優勝だって夢ではなかった(私が熱を出したからといって最終日に欠席して優勝を逃した)、みのるの動きについていく、どころか、それを易々と上回る。まるで重力というものの存在を体現化しているように見えた。


(どうすれば誰も死なずに、この状況から抜け出せる?)


 私はとりあえず、敵の動きや弱点を探ってみる。だが、スピードが違いすぎるために、打開策が見当たらない。


(唯一の救いは、敵がその重力のようなものを使いこなせていないどころか、冷静に判断できる頭がいないことだな)


 見るからに寄せ集めの彼ら、殺そうとすれば相手も正気に戻って銃を抜くだろう。ポケットには銃が形作られている。そこへ忍ばせているつもりなのだろう。


 敵が銃を使いにくいように、出来るだけ接近戦。そして、彼らが重力に慣れるまでに、倒さなければならない。

 

「彼らも馬鹿ではないみたいだな」


「!?」


 思わずフワリと飛び退く私に、意地の悪い顔を向ける。悪戯っ子のように、可愛らしく笑った。


「どうした? 有里。俺の可愛い絡繰からくりの出番なのか? 」


 少し深重して、答えを導き出す。


「いや、とりあえず今回は2人でやった方が効率いい。この部屋はお前の絡繰にとって、狭すぎるから」


 それもそうだな、とあっさり引き下がる。私のことを信用してくれる仲間と一緒に戦えることを光栄に思いながら、私は敵を見据える。


(とはいえ、ダメージ与えられてないんだよなぁ……)


「くそっ! 有里すまん!」


(ん……?)


 策略作りに熱中しすぎたのか、みのるの声が酷く遠くから聞こえた気がする。


 敵のナイフが、みのるの血で赤みをおびて、妖しく輝く。

 己に迫るそれを見た瞬間、咄嗟に後ろへ飛んだ。


 避けられるとは微塵も思っていなかったらしい敵のナイフは私の体には届かずに、大振りに空振りした。

 慌ててバランスを保とうとする敵を見つつ、私は黒のスキニーパンツに隠されたポケットから銃を取り出して、狙いを定める。


「すまんな」


 音が響く。

 しばしの静寂。

 それに浸りつつ、この後どう動くのが最善か、考える。


 答えが出た。私は、敵に銃を向けた。ふらふらと漂わせるように、次々と敵に、銃の焦点をぶつける。

 最後の敵が、真っ白になって、私に訴えた。


「やってらんねぇよこんな仕事! なあ!俺たちは雇われただけなんだって! 何でも喋るし。頼むよぉ」


「では、私の次の質問に事実通りに喋れ。嘘を言ったら……」


 そう言って、敵を上から見下ろす。


(うー……私、こういうの苦手なんだけどな)


 敵はあっさりと情報を私に売りつけた。対価は、まあ彼の命だな。


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