女は度胸!


「それじゃあ行こうか」


 私は平静に見えるように努力しながら、皆の指揮をとる。

 それを善としないで、何かしら文句を言うか、自分がその役を請け負う、といってきかなくなるみのるは、珍しく静かだ。


(流石にこの場では、私の力を尊重してくれるか)


 彼の方をチラリと眺めると、彼はじっと青い瞳で私を大事そうに見つめていた。


 見つめあったことが何となく恥ずかしくなって目を逸らす2人を見て、今更茶化す知り合いはいない。いつものことだ。そう、いつものこと。私が物心ついたころからずっと、家でも・・・一緒にいたのだから。


「有里、敵さんは待ってくれないみたい」


 杏子はそう言って、入り口と反対の壁を注意深く見つめる。そこに敵が少しずつ近寄ってきているのだろう。

 慌てているように見えない様、深呼吸を一つして、蒼に話しかける。


「縄のある場所へ繋がるカラクリがあるという事だったが……」


 蒼が私の言葉に頷いて同意する。


 彼が壁に、力を少しばかり加えると、カタン、という軽い音と共に、壁に人1人が入れるであろう穴が開いた。

 ここから一直線上に縄の場所に行けるそうだ。

 だからこそ、1番襲撃を受けやすいであろう前回の戦場を、落ち合う場所として決めたのだった。


 これで、敵の裏をかけるが、恐らく敵もバカじゃない。

 蒼が、私側についている、さらに生きている、ということが明らかになり、更なる予備策を練って行動していると思った方がいい。


(それに……)


 私にしか見えていないだろう景色を映し出すべく、ある人物に視線を移動させる。

 その人は疲れた表情で、それでも本当に愛おしそうに、こちらを見ていた。


「それじゃあ、私から行かせてもらおう」


 そう言って穴に入ろうと身を屈めたら、蒼に押し退けられた。


「この馬鹿、大将は先頭にも殿しんがりにもならないものだ。覚えておけ」


 そう不器用な愛情を注ぎ込み、蒼は先頭で入っていく。


「それじゃあ私が最後ね!」


 力になれるのが嬉しくて堪らないのか、杏子はピョンピョン飛び跳ねながら役を選ぶ。


「有里は3番目でいいですか?」


 みのるが、杏子と彼で私を守れる、1番安全な順番私に譲ってくれる。

 そのいつも通りの過保護に甘やかされる日常は、とても暖かかった。


 だが、日常でもそうであったように、私は強くなければ、自分を自分で好きになれない。頑張るぞ!とばかりに私は両手で自分の頬を挟み込むように叩く。




 穴に入ると、少し、いや、かなり嫌な匂いがたまっていた。ホコリっぽーい!何これー、と騒ぐ杏子に、その場が和む。


「ここしか抜け道はないから、我慢しろ」


 蒼の言葉に、はーい、とのんびりとした返事を返し、杏子は躊躇ちゅうちょなく付いてくる。


「いいか、縄の場所についたら、俺はまず杏子が直してくれたオークション会場への縄を探して、準備をはじめる」


 私は最初こそ、縄が蒼の星内何処にでもふわふわ漂っている事に驚いたものだ。

 杏子はその長い縄のうち、出来るところだけを、補強しただけにすぎない。先程考えたように、宇宙に取り残されるのはごめんだが、それでもやるしかない。


 杏子と実が、敵を翻弄している隙に、私と蒼で縄を出来るだけ点検して補強する、というのが今回の作戦だ。


「準備はいいか?」


 出口に着くと、蒼は私たちに確認をとってくれる。


 本当にいいやつなのに、何故迫害を受けていたのか、私には分からなかった。


「じゃあ、いくぞ」


 その蒼の言葉を合図に、秘密の扉から飛び出して、皆は一斉に自分の持ち場へ走ろうと、したのだが……


(誰もいない?)


 頭を素早く回転させて、蒼と同時に必死に叫んだ。


「気を付けろ! どこに爆弾があるか、分かったものじゃない!」


 急いで部屋から出て、しばらく経っても全く爆発の気配すらない。


「危ない!」


 実の声が後ろから聞こえてきて、刃物と刃物ぶつかりあう不気味で耳障りな音が聞こえた。


(陽動!?)


 爆弾、銃しか使ってこなかった敵のイメージが私たちの中に巣作って、敵への対応はだいぶ遅くなった。


(念のためにみんなに短剣を持たせて、本当によかった)


 政府は一体どれだけ死神を連れてくれば気が済むんだ、と思いつつ、私はみんなの安否や、戦闘の流れを確認しようと努めた。


「有里! 頭下げろ!」


 ひっ迫した蒼の声に素早く反応して、私は頭を抱えるようにして蹲る。

 頭上を何かが飛んでいく。それは、手に収まる程度で、ゴツゴツとしたデザインがかっこいい手榴弾だった。


「はっ??」


 政府がこれだけ大っぴらに戦争を仕掛けてくるなんて、と自分の平和脳を恨む。


 ガアンという爆音が室内に風を巻き起こし、実が忠告してくれたおかげで、爆弾の直撃を避けることができた。それでも、身体が裂けるような感覚が迫ったが、私は半ば意地のように、すぐに立ち上がった。

 斬と会ったとき、社長、と嬉しそうに笑ってくれる、不器用極まるあいつに、少しでも報いることができる私でいたいのだ。



(怪我をしていようが、最後までもてよ、私の体)



 敵は部屋の中を一掃するかのようにショットガンやマシンガンを撃ちまくり、私たちに

反撃の隙を与えてくれない。



 実もだが、流石に、戦闘狂である杏子も、手に余る事態だったと見えて、防戦一方になっている。


 敵は宇宙力身体能力を自在に操っているとしか思えない動き方をしていた。



 凄いスピードで杏子に向かって走っていき、避けてから攻撃に転身しようと身体の重心を少しばかり変える杏里に、その考えを予言したかのように、敵はショットガンを撃つ。

 杏子は冷静な顔で、バランスをわざと大袈裟に崩し、膝と手をつきながら杏子が避ける。すぐに攻撃に移行しないと勝てないと踏んだのだろう。だが、またしても彼女の動きは読まれて、すかさず上から剣を彼女に向かって振り下ろす。

 咄嗟にみのるが短剣片手で絶妙な位置で割り込み、力一杯自分のの剣を横にフルスイングすることで敵の攻撃を逸らせると、その間に杏子は立ち上がってもう1人の方へ向かう。


「杏子」


 彼女が私をみるために無理やり体勢を崩して見ている中、命令する。これこそが私の役目だ、と心の中で唱えて、重くなった口を開く。


「殺してもいいぞ」



 杏子は笑った後、少し脱力して、また違った殺気を匂わせだす。


 色々な武術を織り交ぜた彼女の技はとんでもなく強い。


 首や鼓膜などを狙って全力で拳をたたき込んでのたうちまわらせたり、近付かれると不味い銃使いの単調な攻撃を気にせず素早く堂々と近づいたり、敵の意表を突くことが出来る。

 今回もその様に、下から上に弧を描くよう小さなナイフを振り回し、敵が一歩下がる動作を見ないうちに敵の懐に飛び込み、敵の銃を短剣で刺して、使用不能にしてみせた。

 信じられない、という顔をした若い敵は、それでも杏子が銃を持ってないらしいとわかった途端、仲間達に何やら暗号文のような、不可思議な言葉を紡ぐ。


 その隙を見せた時、杏子は狩人の顔をして、ははっと笑っていた。


 血が、部屋一面に光り輝いていた。

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