転機

 俺の中の、何かが壊れる音がする。


 床を強く蹴る。先ほどの爆破でロープは切れていた。


 一気に敵に肉迫する。

 腕に伝わってきたのは鋭い痛み。予想外の反撃に慌てた野郎が撃ってきたようだが、まあそんなのは、今の俺には関係ない。


 有里に誘われる前から持っていた『それ』をポケットから取り出して、慣れた手つきで撃鉄をおこした。


 荒れきった部屋に、鈍い音が立て続けに轟いた。

 その衝撃は皆をも貫くだろう。だが、皆が無事ならそれでいい。たとえ、このことで皆が俺から離れようが、それでもいいと、そう思えた。


 また憎い音が聞こえる。

 振り返って引き金を無造作に絞る。小刻みに音がして、赤い球が飛び出した。




「斬! 待て!」


 犬に対するように軽い、有里の言葉。


 あろうことかそれにびびって、俺は手に握りしめていたものを離してしまう。


 気を取り直した俺は、一つ、この世の中の仕組みについて大人の俺が教えてやるか、と振り向いて、歳下の彼女に、口を閉ざされた。


 彼女の顔は、不敵に笑っていた。

 目と唇だけ笑ったように崩れ、それでも心から楽しんではいない、悲痛な目をしたまま、彼女は静かに、噛み締めるように言った。




「あとは私がやる」


 そう言って、俺の方に近づく。自分のように速くはないのに、何故か銃を有里に取られてしまって、慌てて奪おうとする俺を振り返ることもなく、有里は慣れない手つきで、細く、豆もない綺麗な手で、引き金をひいた。


 俺が先ほどまで牙を剥けていた男は、その音に合わせて跳ねる。

 命が潰えたことを確認できるまで撃ってみせた彼女が、目を背けることは無かった。




「おい馬鹿!! 怪我してるんだろ! あんまり動くんじゃない!」


 蒼の声が飛び込んでくる。


 それに、無表情な彼女の声が応じる。


「大丈夫だ」


 そう呟いて、仕立てはいいが、ボロボロになってしまったシャツをめくりあげる。


 その景色に、さすがの蒼も目を見張る。




「防弾チョッキ……お前、何考えてここまで来た?」


 蒼は怯まずに、旧友の今まで見たことがないであろう一面に、話しかける。




「私のこと、見限らないのか? これは、蒼が最も嫌う品だろう?」


 そう言って投げやりに銃を持ち上げてみせる有里に、蒼は答える。




「お前は本物の馬鹿だな。

 僕を見縊るんじゃない。いいか? 僕はお前の今までが気に入って話し仲間になってたんだ。

 本物だろうがそうじゃなかろうが、それがお前だってことには変わりないだろ」




「そうよ! 有里ちゃん!」


 ギクリと有里は杏子を振り返る。


 杏子は、自分の肩をかき抱くようにして震えていたが、真っ直ぐに有里と向き合って、告げる。




「私は、あなたが好きだから、今ここにいるのよ」




「……そういやなんで、この馬鹿がここにいるんだ?」




 本当に疑問だという、些か間の抜けた蒼の声に、みんなして吹き出す。




「やだ蒼、その事は言わないでよ。私だって有里ちゃんの役に立ちたいのに1人だけ仲間外れなんて嫌なの!」


 唯一誘われてないけど……と言って、杏子はいじけたように口を膨らませる。




「ゴリラ女がやっても可愛くないぞ?」


 蒼がぶっ飛んでいった。




(てか何で杏子はそんな純粋な力を使えているんだ!?)




 殴る、なんて力は以ての外である宇宙で、それを難なく使い、倒した数3人。

 その男たちが彼女の周りでいつの間にやらのびていたのだ。

 可愛い身振りをしても、恐ろしさが勝るのは無理のない話だった。


「それはまあ」


 その後ろに何でもないように付け加えられた彼女の言葉に、また俺は目を剥くことになった。




「私は有里ちゃんのお爺様、新田一郎の発明品・・・だからよ」




「……ちょっと、ちょっと待て、考えさせてくれ」


 怒涛の展開すぎて追いつけなくなってきた俺は、流石に音を上げる。


 自分が銃を持っていたことや、それを使ったことなど消し飛んでしまうような皆の行動に、何やら焦りのようなものが顔を覗かせた。

 許されてはいけない、という思いが、胸の中に振り積もる。




 積もり積もって、俺は、逃げ出した。

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