医療室
「どうして有里が……」
しー、と、杏子が俺の言葉を遮った。
その姿もまた色艶が滲んでいる。
「有里ちゃん、『斬が無理しているのに気付けなかった!社長失格だ!』ってさっきまで大変だったのよ。
やっと寝かせたんだから、まだ寝かせてやってくれないかしら」
有里を見ると、確かに新しい涙の跡が滲んでいる。
沢山泣かせてしまっているな、と後悔の念が湧く。
(お前のせいじゃないぞ)
と杏子が解いてくれた腕で、彼女の頭を撫でる。
前のように乱暴にではなく、今度はゆっくりと、起こさないように丁寧に。
ううん……と言って身動ぎする彼女を見て、頬を緩める。
落ち着いたところで自分の身体を見てみると、ガッチリと黒いロープで丈夫そうな板に固定されていて、傷には包帯が規則正しく巻きつけてあった。
「やっと目を覚ましたか。
ここは医療室だ。重傷だったから、勝手に身体を固定させてもらったぞ」
身体をほっと脱力させた
黒髪を1つに縛って、腰あたりまで垂らし、背は俺より少し低いくらいで、男らしいのに、どこか中性的な雰囲気があった。
目は白と黒。
それだけだと平凡だが、彼の目は平凡なそれと
中が白で、周りが黒に囲われたその目は、何もかもを吸い込みそうな力強さが感じられた。
真っ白な白衣に身を包んだ男性は、そこに居るのか居ないのか、といった存在だった。
俺が魅入っていると、何故か少し不快そうに美しい顔を顰める。
薄く、形のいい眉がハの字に曲がり、切れ長の大きい目が、俺を見据える。
「おい、お前も僕の目を馬鹿にするのか?
お前を助けてやったのは、この僕なんだぞ?」
そう言って、俺を見下すように睥睨するその人に、俺は呆然とする。
(見た目と中身がいくらなんでも別人すぎるだろ)
男が無言で、腰あたりからメスを取り出すのを見て、慌てて弁解する。
「いや、綺麗だから驚いてジロジロ見ちまった。悪い」
そう言って頭を下げると、ぷっ、と声が漏れる音が近くから聞こえてきた。
「ゆーうーりー?」
狸寝入りを咎めるような声を出すと、有里は尚も控えめに笑いながら答える。
「いやすまん。起きるタイミングを逃してな」
とはいえ、
「うわっちょっとおい!斬!」
今度は遠慮なく撫で回すと、有里は嬉しそうに笑っていた。
「でも、よくあの怪我が治ったな。もう全然痛くねえ」
唯一ロープを外してもらった腕をふわふわ振り回すと、彼が懐から何か小さな黒い円柱を取り出した。
何だろうと見ると、それはシュッと伸びて長い棒に早変わりし、俺の頭を強打した。
「いってぇ!何しやがんだ!」
思わず大声で怒鳴りつけても、彼は全く意に介さず、しれっと言い返す。
「まだ痛み止めで何とかしている状態なんだからあんま動くな、傷が開くだろうが馬鹿者め」
「なんっなんだお前!医者なんだろうが!怪我増やしてどうすんだ!」
勝手にお前が怪我をする行為をしたからだろ、と尚も顔色を変えず、むしろ尚更顔を不愉快そうに歪める彼に、さすがに俺の口から、諦めの溜息がもれた。
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