影と光

 隣で必死に手を伸ばそうとするみのるの様子が手にとるように分かる。


 だが、その手をどこに伸ばせばいいのか、恐らく、有里にだって分からないのだろう。

 全てを拒むように項垂れる彼女に、

俺の手は届いた。



「悪かった」



 言うと、生死の境をギリギリで踏み止まった彼女のボロボロの顔が、少し和らいだ。



「一緒についていく。それと、後でいいから、お前の過去、少しずつ教えてもらえないか?知りたいんだ。お前のためにも、俺のためにも」



 少しの逡巡も無く、覚悟を決めた強い目で肯く彼女の頭を、グリグリと撫でてやる。

 少し笑ってやると、顔を赤くして、駄々を捏ねるように首を回すが、遠ざかりはしない。


(さて、もう1人子供がいるんだよなぁ)


 その青年、みのるの肩をガシッと掴み、引き寄せる。身体が痛むが知ったことではない。苦痛の唸り声すら出ないほど安らいでいた。


みのる、お前も大切な仲間だからな?お前のおかげで敵の正体も知らずに突っ込むっつーことをしなくて良くなった。助かったよ」



 有里も向日葵のような顔をして言った。



「そうだぞ!それに、私が斬と離れてパニックになっていた時、お前が側にいてくれなきゃ、きっとここまで来られなかった。お前が爆発から庇って、私の心を安らげて、斬が支えて、だから私はここへ立ってられるんだ」




 有里は元の威厳を取り戻し、背筋を伸ばす。


「2人とも、よくやったな」


 にっと笑う彼女の姿に、敵わないな、と2人で顔を見合わせ、笑う。





 その時、電子音が響いた。


「はい」


 有里が電話に応じて、耳のインカムを押さえ込む。




「あ〜社長ですかぁ?蓮ですぅ」



「おお、蓮!どうした?」



 有里は途端に顔を緩めて話す。


 崎根蓮さきね れん、有里の会社の社員だ。紹介されているときに、有里と彼女は姉妹のようだった。


 垂れ目を細め、まろまゆをへの字に曲げて喋るのが癖らしい彼女は、

過去事故に巻き込まれて、口があまり良く動かないのだそうだ。

 だが、人を見る目と、機械の扱い、機転は一流だということで、俺と同じように拾われて、有里に雇われたらしい。


 前は喋り方のせいで、ぶりっ子とバカにされていたため、喋らないようにしていたらしい。

 

 短いふわふわとうねる金色の髪をゆっくりと動かしながら、しっかりと話す今の彼女からは想像もつかない。



「社長、今どこにいるかは分かっていますよぉ。こんな時間に何でそんな遠いところにいるんですかぁ」



躊躇いもなく、有里が事情を話す。




「はい?」


 俺のドス声など目ではないほどにドス黒い声が聴こえてきて、俺たちは思わず正座をする。


「私たちは仲間外れにされていたということでよろしいのでしょうか、そうなのでしょうか」



「ちょ……ちょっと落ち着いてくれ牡丹ぼたん



 有里の声でも、もう1人の社員、六連牡丹むつれ ぼたんは止まらない。


「私はあなたの力になるために、あなたの元についたのですよ?あなたの事ですから、僕の力を見誤っているということはないでしょう。ですが、何の指示もなくいなくなるのは、勘弁していただきたい」


 物凄い早口でものすごい重圧感をもって、彼は説教をする。



(あーあいつは融通が効かないんだよな……)



 みのるに聞いたところによると(勿論牡丹に許可は取ってある)、前の会社では、あまりに社長や社員に対する礼儀を弁えていない、ということで、放り出されたところを有里に拾われたらしい。


 確かに言い方はかなりキツい。

 だが、本人に悪気はないし、むしろ相手を気遣っての言葉だと有里に教えてもらってからは、可愛く思えてくるのが不思議だ。


(本人も、よく反省してるみたいだしな)


 牡丹は言い終わった後、しばらく沈黙を続けた。多分反省タイムだ。



「牡丹ちゃん!早く本題にいかないとぉ!お説教はその後ねぇ」



 その後、という言葉に、まだ終わっていないのか、と纏めてゾッとする俺達。


 すぐさま蓮の声が届く。



「わかったよぉ!星、いや、磁石?のありかぁ!」






「……はっ!?」

俺ら3人の声が仲良くハモった。

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