不幸中の幸い?

 俺は信じられない思いでその声がする方を見る。


 そこには今にも泣きそうな顔をした有里と実が手を振っていた。


「待ってろ!今そっち行くからな!」


 そんなこと言われても、待てるわけがない。

 俺は必死に宙を泳いで、2人の元へ向かう。

 抱き合った3人は、それぞれ身を震わせていた。

 無言で繰り出される、よかった、という安堵の声。



 落ち着くと、俺は疑問を投げる。


「何で俺のいる位置が分かったんだ?」



 有里が涙の跡を荒々しく拭いながら答える。


「お前の持ってる磁石にGPSが埋め込まれているのは知ってるだろう。それを捜索してきたんだ」


と言って有里専用GPS探索機を俺の前で振って見せる。


(持ってきてたのか)


 思った以上に計画性のある有里に助けられたな、と彼女を侮った自分に呆れる。



「機械類が全く壊れないで済んだのは不幸中の幸いだったな」

と有里は光時計を掲げて見せる。


 光時計とは、暗闇の宇宙を照らすために星の光をもじって作られたもので、その光の加減によって時間が分かる。

 電力は1カ所から供給されており、その会社は光の明るさによって時間を大雑把にではあるが、知らせて、みんなの時間を統一してくれている。

 それがあれば、自分が漂った時間と自分がその時間で動ける距離で考えて、距離を測ることも可能な便利な道具だ。



(まあ今回みてぇに爆風で飛ばされたら計算は無理だろうな)



 有里はキョロキョロと周りを眺めて、顎に手を当てる。


「んー。まあ大体方向はこっちだろうな」


 さっと方向を変えてフワッと漂い出す有里を必死に止める。



「おいおい待てどこ行く気だ有里!!」


 きょとんとした顔で彼女はとんでもないことを言い出す。


「いやどこって…田口の星にきまってるじゃないか」



「いや全然決まってねぇよアホか!!」


 アホとは何だアホとは、と腕を組む有里の目を見ると、真剣な色でギラめいていたので、仕方なく向き直る。


「あいつの星に戻ったら、また爆発に巻き込まれる可能性があるだろうが」


 そう言うと、有里はあっさりと返す。



「多分もう大丈夫だ」



「はあ?」


 俺が思わずドスの利いた声を出すと、彼女は怯えるでもなく申し訳なさそうに笑って見せた。


「これ、何だと思う?」


 有里が自分の磁石を俺の前に漂わせる。

 受け取って、じっと見つめていても、俺のものと何ら変わりはない。


「分からんか?ここ、よく見てみろ」


 しばらく無言が続いたが、俺が万歳でギブアップを宣告すると、彼女は不思議そうな顔をしながらも口を開いてくれた。彼女にとっては朝飯前のことだったらしい。



「ここに小さな黒い球があるだろ?


 これ、GPSの位置を特定する装置を増やすためのアイテムなんだ。


 こいつを使って私たちを監視していて、星に着いた瞬間に爆破のスイッチを入れたのだろうさ」


 俺は慌ててもう一度磁石を見るが、言われても、分かるか分からないか、くらいのとても小さな球だった。



「そんなの、いつ付けられたんだ?

 しかもそんな装置、聞いたこともないぞ」



 有里は物騒な苦い笑みをうっすら浮かべて言う。


「恐らくだが、今回の事で田口は死亡している。それか、良くて政府の人間に拉致されている」


 

 俺は頭を振って整理しようと努める。


「いや分かんねぇよ。何でその話に繋がるんだ?

何故政府・・が絡んでいると分かる?」




 有里は、自分の磁石を持ち上げ、眺めるようにして、言う。


「何故なら、この『上書き装置』と呼ばれる黒い球は、政府の者か、私と田口みたいな特例以外には知られていない技術だからだ。だから、そう考えるのが1番合理的だ」




 磁石から俺に視線を移す。


「田口が、あの臆病な奴が、自分の星を爆破させるなど、そんな大掛かりな事を考えられるとは思えん。

 それに、私の事務所にこっそり入るとなると、田口は当てはまらんのだよ」


 俺が分からず顔をしかめると、みのるが無線電話を俺に見せる。


「ここへの移動中に僕は、田口さんが絡んでいる取引先に、田口さんの行動を確認しました。


 田口さんは、有里が事務所にいる時以外、全てアリバイがあります・・・・・・・・・・・




 俺は茫然自失になり、みのるから有里に視線を移す事しかできない。




「この上書き装置をもっと早くに見つけていれば、斬が怪我をしなくて済んだのに、すまん……」




 その後も有里は、


勿論、今は上書き装置をいじって、別の場所を映し出すようにしてあるから、田口の星に近づいても何しても大丈夫だ、


と嬉しそうに続けていたが、俺は項垂れていた。




「いや……謝るのは俺の方だ」



 そう言って、頭を下げる。生憎2人と頭と足が逆になってしまったが、まあいいだろう。よくあることだ。




「正直2人を侮っていた。すまん。

 それに、俺の方が何も知らない、怪我をしたお荷物だ。

 怪我人を連れて、狂った政府の奴らを相手にするなんて、無謀にも程がある。俺を置いていけ」




 有里は黙って話を聞き終えると、下に顔を伏せた。




「……!」


「何だって?」


 有里が何か言ったのに聞き取れず、俺が聞き返すと、

顔を火のように真っ赤に染め上げ、丸い綺麗な涙の玉を生み出しながら、有里が声を張り上げる。


「アホか!という先程の言葉、そのままお前に返す!!

アホ!バカ!私が何でここまで来られたのかというとだな、斬がいたからなんだぞ!!」


 虚を突かれて、俺は黙り込んだ。


「私は弱虫なんだ。星がなかったら生きていけないと思ってた。だけど斬が支えてくれたから、奪い返そう、ってなったんじゃないか!生きようと思ったんじゃないか!」


 泣きじゃくりながら叫ぶ有里に、言葉が詰まって何も出てこない。





「私の父は、祖父の秘密を吐けと言われても何も言わず、私と母を逃すために、政府の人間に殺されたんだ!!」


 俺の動きが完全に止まる。時間も止まったのではないかと思えた。




 それほどまでに、今の世界と有里の過去は違いすぎていた。

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