まさかの展開

「こりゃまずい」


 有里が彼女らしからぬ言葉遣いで言う。



「田口がこの事を知っていたら、どんな風に扱うか分かったもんじゃない。

 彼は自分のことしか考えない奴だから、その磁石を量産し、宇宙での治安をめちゃくちゃにしかねない」



「金さえ積めば好きな星が手に入る時代か……」


 舌打ちを堪えながら俺が言うと、彼女が頷く。


「安価で売れば、ブラックホール外の人間はこぞって買うだろう。

 無重力に慣れきった外の人間と、ほぼ慣れていない中の人間、それらが星を取り合ったら、


形勢が丸ごと逆転するだろうな」



 俺は必死に頭を回しながら言う。



「でもよ、この事を田口が知ってる可能性は薄いだろ。総理大臣と身近な政府関係者しか知らないって書いてあったぞ」



 有里が残念そうに首を振るので、俺は嫌な予感に身を包まれる。





「あいつの祖父は、総理大臣なんだよ」




 俺はまた頭まで血が巡らなくなった。




「俺には遠すぎる話でもうよく分からん」


 そんな俺をニヤリと見て、

彼女は意気揚々と船出の合図のように、号令をかける。


「ではまず田口信夫の行き先を探るためにとりあえず彼の会社へ行ってみよう!」




 言い終わると同時に、磁石をひょいと足から外して、すぐさま地面を蹴り付け、宙に浮かぶ有里を慌てて追いかける。


「でも、なんらかの方法で、有里から星を奪ったほどの奴がいるところに、なんの準備もしないまま乗り込んでいって平気なのか?」



 前を漂って、目的の色の糸を手繰り寄せ、そらを伝って突き進んでいく彼女に、やっとの思いでついていく。

 有里はそのスピードのまま喋りだす。


「田口に何かできるわけでもなかろう。

 大昔なら女は男に勝てない、となっていたのだろうが、今はそんな事、想像もできん。会社の規模も私の方が上だ。

 何を恐れる必要があるんだ」



「まあそりゃそうなんだけどよ……」



(なんとなく不安なのは何でなんだ)



 救いを求めるように、後ろからついてくる彼をチラリと見ると、彼は少し疲れたような表情をしていた。


「何だみのる、驚くことが多すぎて疲れちまったのか?」


 そう軽口を叩いても、返答がない。


「おい?」


 そう言って、彼に何とか近づき、彼の肩を掴むと、驚いたように身を退け反らせた。


「どうした?」


 彼は少し下を向くと、笑顔を見せた。


「いえ、私がもっとしっかりしていれば、彼女の大切なものを守れたのかもしれない、と思うとやるせなくて……」


 たまらず俺は叱りつける。


「何言ってんだ、お前だってずっと会社にいるわけでもないだろうが。完全に囲うのは無理に決まってんだろ」


 そう言っても中々渋い顔を変えない彼に、ここまで実直だったのかと、俺は内心舌を巻く。



「おい! そろそろ着くぞ!」



「は!? こんな近いのか!?」


 まだ何キロか移動しただけだ。


 場合によっては暗闇に漂っての寝食を覚悟していたのに、あまりに呆気ない。


「磁力機で測定しておいてよかった」


 そう有里が言うことで、何も準備せず会社から離れた事を納得する。


 磁力機を使えば、正式に登録されている会社の位置を把握できるようになっている。


 照れ臭そうに頭を掻く有里に、ため息をつく。


 同じ苦悩を抱えていたであろう彼と話そうと後ろを見た瞬間、有里にぶつかってしまう。


「おい、何急に止まって……」


 前を見て、絶句する。


 田口信夫の会社は、確かにそこにあったのだろう、


だが、それはもう会社のような塊ではなく、バラバラの破片に様変わりしていた。


 趣味の悪そうな金色の星の破片が、キラキラと辺りの会社の光に反射して、煌めいていた。

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