犯人探し
「私の大切な星が盗まれた」
そう真剣に言って、俺の青い目を見つめる彼女に、俺は事態をなんとか把握しようと今にも爆発しそうだった頭をフル回転してみた。
首を捻って唸る、が、さすがに知らされていないことが多すぎると思う。
潔く1人で解決することを諦め、質問を投げかける。
「お前の星は、ここにあるじゃないか。
第一、盗まれたってもポケットの中に入るようなもんでも、手で持てるもんでもないだろ」
ゆっくりと、緩慢に首を揺らす有里の表情は、真に迫っている。
彼女の迫力に押されるように黙り込む俺に、有里は自分の優美な顔を覆って、消え入るような声で言った。
「私の祖父は、新田一郎というんだ」
それで十分な説明だとばかりに沈黙を示す彼女。俺はしばらく、まさか、という思いと、そんなわけがない、という思いの中で揺らいでいた。
「まさか……あの?」
唾を飲み込んで、一気に干からびた口を、なんとか開く。
「『星』の開発者、新田一郎さんか……?」
顔を見せないまま小さく肯く彼女に、動揺のあまり、気遣いを忘れて質問をぶつけてしまう。
「じゃあ盗まれたのは、噂のあの『できそこないの星』なのか?」
何処にあるのか所在が不明。
伝説とも言われる、今この時まで人類を生きながらえさせた男が、初めて作った星、
失敗作、『できそこないの星』。
それは、見つけて売れば億万長者になれる、と酒の席につけば毎夜聴けるくらいに有名な話。
実態のない単なる噂話として語られているものだ。
もう一度、深く首を縦に振る有里。その力なく垂れ下がる黒髪を見て、何故か信じられると瞬時に判断した自分がいた。
相手が有里でなければ、幼い頃に伝説の男と同姓同名の父親にからかわれたのだ、と一蹴して終わりになるほど、突飛もない話。
「石井という今の名字は、父が自衛のために婿入りして母からもらったものなんだ」
「将来をよく見通す、素晴らしく聡明な方でした」
青い目を遠くへと導いて、海のような深さの目をした実は、寂しそうに目を細める。有里を見る目、とまではいかないが、それに近い深い愛情が映っていた。
「つまり、有里の祖父の形見、ってことでいいのか?」
俺が話を纏めにかかると、2人が場に似合わない間の抜けた顔になった。
キョトンとしていると、2人が少し笑った。
笑い顔は瓜二つだった。
「何よりもまず形見、と思いつく人は少ないと思うぞ」
私なら、高価な品だから取り返さなくては、とか言いそうだ、と言うと、
違いないと実がニヤリと笑う。
彼女に脇腹を手刀で打たれて悶絶する彼を放っておいて、彼女は塗り替えたような笑顔で社長に戻り、大きな声で号令をかける。
「2人とも、私が星を取り戻すこと、手伝ってもらおうか!」
男2人の野太い声が響き、俺は意気揚々と社長室の外へと出る。
「おい待て待て」
友里が慌てた様子で駆け寄ってくる。
「何って、お前の大切な星を取り戻しに行くんだろ?」
今度は有里と実が顔を見合わせ、同時にこちらを向く。
「行くってどこへだ?」
その後散々からかわれて、隅でふわふわ体育座りをする俺を置き去りに話が素早く進み、纏まり始める。
「奪って得をする、って条件なら全員当てはまるし、やっぱこのことを知ってるやつ探った方が早いよな?」
「社長まさか洩らしてませんよね?」
「あっ!あたり前だろ!こう見えても社長だぞ!社長!」
背が低いわけでもない彼女がヒールを履いて胸を張ると、
(大丈夫、お前はまだ成長期だ。……ってそうじゃなくて)
ほんわかした空気に流されそうになりつつも必死に頭を酷使する。
「お前のおじいさんは誰に星のことを知らせたことがあるのか、分かるか?」
途端に苦虫を噛み潰したような顔になった2人。
「やはりあいつか…?」
「……だと思います。ですが間違っていることを宇宙に祈りたい気分です」
俺が疑問符を浮かべていると、有里が説明してくれる。
「私の再従兄弟がいるんだが、その人の祖父と私の祖父は仲が良かったらしい。星のことを知っている可能性がある」
夢中になって斜めにふわりと立って考え込む彼女。
「だが、うちと同じで相当の財産を持っているはずだし、問題行動をしたという噂もない。前に一度だけ対面したが、かなりの好青年、という感じだった」
ただし、と彼女は歩を進める。
「見た目だけはな。あいつの目は、まるで闇だ。何を考えているのか、さっぱり見当が付かん」
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