彼女の「大切」

「じゃあ早速、仕事を覚えてもらおうか!」


 胸を張って、先輩風を吹かせる彼女に、

男2人で目を見合わせて、やれやれと首を振る。


「何だよその態度。減給するぞ?」



 冗談だと思って苦笑しながら彼女を見ると、目は青い感情を持っていた。


(やばい。こいつは本気でやりかねない)


 大人しく従っておこうと俺は瞬時に気持ちを切り替える。

 隣で動揺する気配がした理由は今日が無事終わってから聞こうと思っていたのだが、

彼女の熱気はブラックホールを作り出しかねない勢いで、

すっかりその事など忘れてしまった。



「大丈夫か?」


 実が伺うように近付いてくる。

 あんなに敵対していた俺をこれだけ気にかけてくれるとは、彼女のやる気はさぞや凄まじい様だったのだろう。


「大丈夫だ……と言いたいところだが……」


 力なく笑って、蹲ったまま顔を上げる。「詰め込まれた知識で頭が割れそうだ。

こんなに違うとは思わなかった……

 それに、何で彼女は4時間も動き回ったままいたのに元気なんだ……

 彼女は俺みたいなのと違うはずだろ。」


 絶句して闇に向かうようにして呟く。


「私たちの仕事は派遣だからな。

 基本的に無重力下で働いている。

 彼女と俺は小さな頃からやっているから平気なんだ。もっとも、外で暮らしていた佐藤さんにはお手のもんだろう」

 彼女にしては珍しく張り切ってたな、と苦い顔で笑う実。


 佐藤、と、さん、の間に少しの逡巡があった事を読み取り、俺は気軽に口を開く。


「俺のことは斬でいいですよ。実さん」


 さらに複雑な顔になった彼に、俺はケラケラと笑う。

 ふと、さっきから気になっていたことが浮かんだので聞いてみる。


「お前と有里、小さな頃からこの仕事に就いていたのか?なんで……」

 そこまで言って、彼の、光が当たって金色に輝く髪に遮られた。フワフワと漂う茶髪。

 耳にかかる程度の髪に目を隠した彼は、明らかにその話題を拒絶していた。


「……しかし、まさか社員があと2人しかいないとはな……」

 意図的に話題を変えてやると、あからさまにほっとした様子の実が少し疲れたように笑って応じる。


「彼女はお目が高いからな」

 驚く俺に、彼は笑ってすらりと言う。

「社長は、お前には人を見る目があると確信してるんだ。滅多にない才能だからな、胸を張っていいんじゃないか?」

 意地悪そうに言葉で戯れてくる彼の首を軽く締め上げると、柔らかな抵抗が返ってくる。


(ここは居心地がいいな)

 気持ちまでふわふわと漂っていた。

 

 そんな日々が1ヶ月弱繰り返され、俺は2人や社員の方に教えてもらう。

 難しいのは、派遣先の会社に出向いて、自分が派遣した人たちの不平不満を聞いてその人の代わりに謝り、あとでその人に注意をするという仕事だった。

「ちゃんと話聞いてんのか?」

と怒鳴りつけていると、部屋に入ってきた有里に頭を軽く引っ叩かれた。

 有里は優しくその人に諭した。

 何度派遣先を辞めさせられそうになったときにでも、彼女はみんなを諦めなかった。


「なにも話さない人は、頭がパニックになってある人だ。ただ急かせても意味はほぼない。ゆっくり聞いてやれ」

 そういう有里の言葉たちを、俺は心に留め、少しは世のために働けている、という実感が湧いてきた。


 俺に対する全ての授業が概ね終わった後、休憩していると、突如飛び込んできた音に、和やかな場が一気に切り裂かれた。


「ないっ!!」


「有里!?」

 彼女の大声に素早く反応して実が駆け出す。

ワンテンポ遅れて俺も駆け出した。

 飛び跳ねながら駆けていくと、実が音を立てて社長室のドアを開けた。


 虚に濁る緑と、目があった。

 彼女の目が揺れ、口を開くが、言葉が出ることはない。


 戸惑う実を押し除けて彼女を包み込んだ。

「大丈夫、大丈夫だ。ゆっくり息を吸って、吐いて」

 その小さな背をさすりながら、のんびりと語りかける。彼女の小刻みな震えが心に刺さる。

 震えは段々と小さくなり、消えた。だが、まだ居なくなってはいないはずだ。


「何があったか、説明できるか?」

 瞳は少し濁ったまま。それでも無理やり笑顔を作って、彼女は実に見せてやった。彼の方を見ると、俺に対する嫉妬心ではなく、安堵を表す表情を浮かべていた為、彼らの愛情の深さを見ることができた。


「2人で周りを見てきてくれないか。万が一にも誰かに聞かれたくない」

 予想外の言葉に戸惑いつつ、俺は聞いてもいいのかと尋ねると、彼女は迷いなく肯く。


「だから2人に見回りを頼んだんだ」

 そりゃそうだと苦笑して黒い髪を撫で、


「実は彼女を見ててやれ」

と言い残して、外に出る。


 途端にまた溢れかえる色。


 彼女の『星』は、その瞳と同じ、心休まる緑色。その所々に小さな四角い小屋をいくつもくっつけてある。


 他の社員2人は既に社長室と真逆にある寝室で休んでいるはずだった。

 万一戻ってきていたとしても、今からやることに変更はないし、怪我するわけでもあるまい。

 一通り思考をして乱暴に打ち切り、俺は糸を手繰り寄せ始める。

 良くラベルを見て、目当てのものを続々と腕にしっかりと巻きつけ、それが終わると、

「せーのぉ!!」

一気に引っ張った。すると、楽しげな光景が浮かび上がった。


 カラフルな小屋が宙に飛び跳ねる。

 ぶつかっては跳ね返り、を繰り返してほわんほわんと音を鳴らす。


(これ、1回やってみたかったんだよな)

 一瞬子供に戻ったようにはしゃいだ斬は、頬を叩き、一気にシャンとする。


(よし) 

 身近にあった紫色の小屋を無造作に開くと、中から茶色のものが飛び出してきた。

 その椅子を払い除け、部屋の中を覗いて、そこら中に漂う書類と柔らかな家具しかないのを確認すると、椅子をまた押し込み、次の小屋へ向かった。


 この作業は本来半日に1回行われるもので、

磁石がない者でも小屋に入ってしまえば居座れるために考え出された習慣だった。


(そうはいってもこの『星』の山がある場所に入るには、『門』を通る必要があるけどな)


 この煌びやかな星々漂う場所に来るには、

恐ろしいブラックホール、通称『門』を通ってくる必要があった。

 そこを通るには磁石をつけているか、先程の斬のように磁石を持っている人を紐で括るなりして、一定の距離へと近づいて入るしかなかった。


(でないと、あの黒の中に取り込まれることになって、一生を暗黒で過ごす羽目になるんだったな)

 その事を思ってゾッとする。

 

 斬のいた場所は、ブラックホールの外側。そこにも『星』はあったが、チカチカと力なく光るものばかり。それもそのはず、ブラックホール内でいらなくなった、つまり倒産でもして外に捨てられた人達の『星』だからだ。そういう人たちは、『星』に小屋の紐をくくりつけ、宙に放る。

 その小屋で、『星』を持たない人達は寝泊りする。

 小屋に入っていれば、フワフワとどこまでも孤独に漂っていくことはないから。


 『星』は、一定の距離を保つ様に磁力が設定されている為、その『星』の一軍、つまりブラックホールの中であればそのみんなが繋がっている為、食料など必要な物が手に入る、という仕組みになっている。


 そんな暮らしをしていた彼が、少しばかりダルさを覚えるまで動き続ける彼女ら2人と、社員2人は何者なんだ、と改めて思いつつ、作業を進める。


「問題ない」

 部屋に戻って俺が報告すると、友里はもうすっかり涙を拭いていた。


 心配して見つめる実に向かって頷き、話し始める。


「私の大切な星が、盗まれた」

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