続きをどうぞ

「社長!」


 俺が足早に近づいていくと、彼女は犬を迎えるように顔に花を咲かせた。


「斬!なんだ?」


 それが嫌ではない自分に驚きつつ、業務を遂行する。


「プラス会社に向かわせた江藤という者ですが……」


 彼女は俺の話に耳を傾けながら、甘酸っぱい不思議な顔をしている。



 一通り連絡を終えたあと、俺は首を傾げ、彼女の感情を読み取ろうと見つめていると、頭に細くて白い手が伸びてきた。有里は俺の短い髪をかき乱す。


「ちょっと。何するんですか」


 その言葉に勿論拒絶はちっとも含まれていない。柔らかく笑いながら俺の柔らかい髪を撫でつけている彼女に声が飛ぶ。


「社長」


 実の声に、少しばかり甘えたような色が混ざっていると感じたのは、気のせいではないだろう。


「お客人が参られます。至急お召替えを」


 堅苦しい立ち姿を崩さない彼を見て、彼女は目に怪しげな色を灯す。


「その茶色のふわふわも撫で心地が良さそうだなあ」


 じりじりと有里が実との距離を詰めにかかると、


「失礼」


 吹っ切れたような彼の声と共に、ガッチリとした男の手が彼女の長い髪に触れた。

 途端に借りてきた猫の様に動きをぴたっと止めた有里を、優しく丁寧に撫でる。というよりは触れるだけ、というのが正しいか。

 スルリと手を下ろし、彼は満足そうな目で、彼女に勝利を宣告する。

 悔しげにむくれる彼女のご機嫌を取り戻すのは俺の役目だってのに。好き勝手やりやがる。

 そう思いつつ、俺の顔も十分すぎるほど緩んでいることは自覚していた。彼は以前に比べ、のびのびとしている。

 だが、俺は自分が父親のような顔で2人を見ていることには気づいていない。


 ある事件が起こる前、俺が2人と出会った後のことを、懐かしく思い出す。

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