苦労人
顔なじみの所へ素早く近づく。
「社長」
後ろから一声かけると、
何か問題でもあったのか、と問うてくる顔に向かって、
「だめですよ」
顔面が蒼白になった男と、不敵な自信満々の笑みを浮かべ続ける有里に向かって、
もう一度言う。
「だめです。今月何度目だと思っているのですか。もううちに社員は必要ありません」
「それなら派遣に回せばいい」
笑みを崩さぬままスッパリと言ってのけた有里を見ることもなく、
「おい」
怒っているのだと思って、男が青い顔のまま話しかけると、
「予算はどれほどです?」
「どこの会社に売り込むのですか?」
「いくら収入が見込まれますか?」
それに対し、これまた早口で応じ切る有里。
「わかりました」
いきなり進む展開に、皆が追いつく前に、
2人は男の手を引っ張りながら、歩き出す。
「おいって」
なんだとばかりに
その表情に、何故か嫌悪は無かった。
あれだけ嫌そうだったのに、と思いつつ、
男は恐る恐る、口を開く。
「いいのか……?」
「何がです?」
心底わからない、というように首を傾けて言う、ピシリとスーツを着こなす
「反対してたんじゃないのか?」
と聞くと、案の定すぐに答えが降ってくる。
向かい合ってみると、
「社長が損をすることは、私には許せません。ですが、これは
そう平然と言ってのける実に、有里は呆れ顔で応答した。
「こいつは、何に対しても正直なんだ」
そして、私バカだ、と言ってくすぐったそうに笑う彼女に、子どもらしさを感じて、男の肩の力が少し抜けた。
有里に案内用の紐をつけてもらい、引っ張られて、今まで入れなかった場所に迷い込んだ気分がしていた。
「『星』に近づくのは初めてかしら?」
選ばれた人しか通れないという『門』と呼ばれるところを過ぎると、そこには、男の想像を遥かに超える、圧倒的で、暴力的な、力があった。
そこには、煌びやかに光る星が間近にあった。
ピンクや青、赤といった、
輝かしいそれらは、目を潰すまでの光ではなく、ただ人を楽しませるために作られたもの。
そのあまりの眩しさに、男の目からは涙がこぼれ落ちていた。
その、輝く『星』こそが、『見捨てられた人達』が切望して止まない、『地面』の姿だった。
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