天変地異〜宇宙の人類史物語〜

碧海雨優(あおみふらう)

プロローグ

「いいですか、今いるこの場所は、天の世界」


 明るい教室に先生の豊かな声が響く。


「『地球』は温暖化によって、人が住めなくなり、人は、他の惑星を求めるのではなく、天に、人の世界を作り上げました。

では、今言った地球で、何がなくなったためにこういうことが出来るようになったのでしょう?」

 そう言って、先生は僕たちを見渡す。

 はいはい! と勢いよく手をあげる男の子と、無言で少し恥ずかしそうに手をあげる女の子、もはや授業なんて聞いちゃいられないとばかりに内職に勤しむ男の子と視線を向けていく。その間、ドキドキしながら待つ。

「では、佐藤さん」

 俺は選ばれたことで有頂天になり、その場に立ち、大きな声で答えを言った。

「重力、です!」


「当たりです」

  良く出来ましたね、と褒められた俺はさらにテンションを上げてガッツポーズをとる。

 今時、何処にでもいる可愛がられる男の子だった。


「『重力』というものは、地球が滅びたことにより無くなりました。

 ただ、昔の人間の話だと、宇宙空間では人が死んでしまうらしいのですが、どうしてか私たちは生きています。これから先もずっと、生きていることに感謝を捧げて、力一杯生きていきましょうね!」

 そう言って先生はにっこりと微笑む。


 どこまでも遠く広がっているように見える薄暗い宇宙に、プカプカと漂うその姿は、変化時にはかなり新鮮なものだったらしい。


 まず、見えるものは、所々にある、鈍い光。無数に存在するその光は、『ある物』が光ることによって存在している。


 その形はとても柔軟で、ふにふにとただ揺蕩たゆたっている。その他は暗闇だから、そんな微々たる光ですら、温かく感じる。

 赤がピンクになったようなものに、汚れた白、色とりどりに光を漏らすそれらは、

『星』と呼ばれる、人工的に作られた、

人間のための居場所だ。


 そこから丈夫そうな紐がひらひらと漂う。

 その先には人々が繋がれていて、みんな寝こけている。スヤスヤと安心しきってそれぞれ変な向きになりながら眠る人たちは、みんな薄汚れてしまっていた。


 何故なら、その人たちは、才能も、お金も無いと見捨てられた人達だからだ。


 ここは『天下の分け目』とも呼ばれている、国境のような、壁のような役割をしている、『ブラックホール』の外側。

 その禍々しいドス黒さは、招かれざる客の足を立ち止まらせるに十分なものだ。その中に入るのを、夢見る人は後を絶たない。


 だが、もはや彼らにとっては、眩い光が止めどなく溢れかえっているだろう、安定した『地面』が用意されているだろう、『ブラックホールの中』に、入ることは叶わないのだと、誰しもが承知していた。


 フワフワと漂う生活でも、毎日お金がかかる。それに、食料や鋼材が採れるのはブラックホール内が主となっている。必然的にそこから漏れてしまったここにいる者たちは、いつも何か不足している生活を送っていた。中から外にたまに食料が配られることがある。だが、紐から外された本当に貧しい者は、寝てるうちに人のいないどこか彼方にフワフワと漂って行ってしまうリスクが高く、故にみんなは、安定して人のそばにいられる『星』を理想としていた。







 なんでこんなことになっちまったんだろうな、と俺は自暴自棄になり、いつの間にか売り言葉に買い言葉で、目の前に立つこの男と口論になっていたらしい。喚き散らす男に、だんだん本気の苛立ちが積もり始めた。


「うるっせぇな黙っとけ!!」

 ドスを効かせた声に、男が少し怯む。だが、その声のおかげで野次馬が集まってしまった。


 突然遠くの方から聞こえてきた怒声に、青年、みのるは振り向いて状況を冷静に観察し、ため息をつく。


 青年の眼は、海のように深い青、長い睫毛と程よく上品に整えられた柔らかそうな髪は茶、光が当たり、動きに翻弄される度に金色に変わって、麦のように綺麗に靡く。


(何か面倒な事になりそうな予感がします)


 面倒ごとには目がない我らがおてんば姫を急いで探す。そばにいないことが分かると、彼は急いで、その怒声を放った男の周りに群がる人達をかき分け、何とか姫の迎えにあがろうとする。その最中、大の男2人が、感情の赴くままに拳をポカポカと振り落とす光景が見えた。だが、プカプカ浮かんでいて、人間の純粋な力では威力は皆無。

 ただ押したり、避けたり、のんびりと行われるその行為に、皆揃って笑い出した。


「ちょっとは頭を使いなよ」


 多少豪華な衣装を身につけた女性達が面白がって近寄ってくる。


 押し合い、へし合いしていた男たち自身も馬鹿馬鹿しくなってきたのか、疲れてしまったのか、一つ息をついて、のんびりと会話を始めた。

 喧嘩を売られたのであろう怒りというより面倒くささが勝っている男が芯の強さを表した声で口を開く。

「さっき、俺の家族のことを『成金』だと言ったこと、取り消してもらおうか」


 それに対し、その若者より年上であろう男性は苛々と手櫛で黒髪を後ろに流す。

 瞳はみのると同じ青だが、深さよりも猛々しさが目立つそれを鋭く細め、言葉を吐いた。


「だってずりぃじゃねぇか。俺に能力が無いせいで、俺はこんな乞食みたいなことしなきゃいけないんだぜ。不平等だろうが」

 そう言ってハーモニカを取り出して、ワンフレーズ流行りの曲を滑らかに奏でてみせ、汚い空き缶を、皆の前に乱暴に差し出した。


「それは本当か?」


 鈴の鳴るような声。途端に私は慌てて彼女を止めるために近寄ろうとするが、彼女の声で動作を止めた皆によって阻まれた。

 その見物人が集まる女性達の中から、1人の女が、無造作に前に進み出る。

 その女性は、優雅な睫毛で飾られた、一際教養深そうな鋭いつり目を一層吊り上げ、まるで地面にいるかのようにスルスルと男達へと向かう。

 程よく筋肉のついた細く長い脚をまとめ上げ、無重力下であるにも関わらず、彼女はバランスを保って美しいシルエットで立ち、真っ直ぐ男たちを見つめていた。

 周りの鈍い光に照らされて、ダイヤのように光る黒髪が、無重力下でひらひらと彼女の周りを取り囲む様は、まるで彼女の生まれながらにして持つ高貴さを表すようだった。


 ざっと男の顔に緊張の色が走るほどの女性は、じっと深く光るエメラルドのような緑色の眼差しで、男を見つめる。

 男が消え入るような声で「本当だ」と精一杯の虚勢を張って応じると、急にその女性は頭を抱えて、丸まった。


 威厳のかけらもなくなるその様子に周囲がオロオロするのをよそに、女性はスッと立ち上がり、

「今から私の会社の社員になってくれないか」

と言って、みんなを唖然とさせた。


 無重力下で『力』が必要なくなり、男の優位性がなくなった。

  『お金を沢山持っていた人』は『事業主』となり、『地面』を手に入れた・・・・・

 

 『才能が有る人』は『社員』となり、『地面』を借りていた・・・・・


 では、才能が無くて、金もなくなった人は?

 そう。当たり前のように、見捨てられた。



 

 ここは、『天』と『地』が入れ替わった世界。

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