夏の墓 7/8
時計を確かめる習慣がなくなったので、どのくらいの時間が経ったのかわからない。
何回か寝た。夢は見なかった。何かを口にした記憶がなくて、気付いたら床にぶっ倒れていた。
目的もなく生きるというのは、つまりこういうことだった。
何がどうなったってどうなってもいい。ただ息してるだけ。何のゴールもなければ、走る理由もわからない。
生きていたって、別に何の意味もなかった。
機器が故障したら直さなくちゃ、なんて思うことすらなくなった。環境の変化があったらみんなを起こさなくちゃ、なんてことも。将来自分たちが外に出ることになったときに備えて管理者代々が製作してきた、新しい都市の仮想モデル構築作業も。
なんなんだよ、とぼんやり思った。
宇宙人って。言うに事欠いて、宇宙人って。そんなの何でもアリじゃないか。隕石が降ってきてから本当にこの世界はめちゃくちゃだと思っていたけれど、それどころの話じゃない。宇宙からついでに降ってきたとでも言うつもりか。それが許されるんだったらもっとなんでもかんでも許されたっていいだろう。それこそタイムマシンがあったっていい。みんなを生き返らせる超能力があったっていい。実は神様が全部見ていて、自分が死んだ瞬間に「ゲームクリア」の表記が出てこれまでのすべてが報われたっていい。
幽霊がいて、みんなそうして幸せになったって、
「―—あ?」
小さな違和感だった。
でも、確かにあった。ショックが強すぎて見落としていたけれど、間違いなく妙なことがひとつあった。
今も、聞こえている。
「……なんで、凍眠室がまだ動いてるんだ?」
起き上がると、自分が中央ホールでぶっ倒れていたらしいことがわかる。大モニターにはシェルター内のすべての部屋が映り込んでいて、音も流れている。
聞こえていた。
微かに、コールドスリープの装置が震え続けている音が。
おかしいだろう、と思う。だって、こんなもの動かし続けたって仕方がない。もう起き上がることは二度とないのだ。凍眠しているときの感覚は、自分で体験もしたけれど本当にただ眠るときのそのまま。だから、技術を与えてくれた宇宙人も匙を投げたこの状況で、延命を続ける必要なんてどこにもない。いますぐ死んだって、いつか発電装置なり凍眠装置なりが壊れるのを待ったって、どっちでも何も変わらない。
なのに、未だにシェルター内部のエネルギーを使い続けているのは、
「何か……まだ見落としてるのか?」
日記は全部読んだ。他には何も重要なことは書いてなかった。
なら、あとは。
立ち上がる。目眩がして、よろけて、壁伝いに進む。自室へ入って、部屋に常備している栄養ゼリーを一息に飲み干して、気分を落ち着けて、棚へ。
これしかないのだと思う。
「パッチワーク・アソート」と書かれたUSBを、手に取った。
パソコンを立ち上げて、USBを接続して、タイトル画面。
聞いたことがあった。昔のゲームの裏技。タイトル画面でコマンドを入力すると隠れキャラが出るだとか、デバッグ用のモードに切り替わるだとか。
何も、本当に期待していたわけではなかった。
もしかしたら、たとえ無意味でもそういうことをするのが自分の心を安らげるかもしれないと思って。何かパスワードになるようなものはあったかな、と思い出してみて。
最後の言葉。
――タイムマシンを信じる?
「Time Machine」と打ち込めば。
ミステリ映画よろしく、謎の文書ファイルが立ち上がった。
@
『このゲーム「パッチワーク・アソート」は、コールドスリープ使用者たちの形成する意識ネットワークに外部から入り込むためのプログラムです。
解凍不能状態に変化したのち、人々の意識はコールドスリープ装置の中でネットワークを形成する仕様になっています。終了条件の設定はなく、ハードウェアの故障等の要因が発生した場合を除き、半永久的に稼働を続けます。
あなたはバーチャルアバターを使用することで、人々の意識の「
平たく言えば、凍眠中の人々の意識が作った仮想の世界で、バーチャルアイドルとして活動可能ということです。
初めまして?
お久しぶり?
使っても、使ってくれなくても構いません。
信じても、信じてくれなくても構いません。
ただの、押し付けですから。
あとのことはなんでも、お好きなように。
友人へ
トトより』
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