夏の墓 6/8
つまり、と世季は考えている。
何もかもなくなったってことだ。
「…………」
言葉も出ない。うっかりすると力を込めすぎて日記を破いてしまいそうになる。自分の立っている場所がひどく不安定に感じる。世界は広すぎて、手に負えなくて、心細い。
信じていたものが崩れ去るっていうのはこういうことなんだって。
身をもって、はっきりと、わかった。
「伝えないという道もあった」
隣に立っていた、宇宙人が言う。
「でも、そうするべきではないと、私が言った。何も知らずに、ただここで朽ちていくだけの生。優しさから与えるものであっても、それはあなたの選択肢を奪うということ」
知ったような口で、こんなことを。
「あなたの人生をどうするかは、あなた自身が決めるべき」
「知っても、どうしようもないだろ」
こういう泣き言は格好悪いと、わかっているのに。
それでも、口をついてしまった。
「知って、何がどうなるんだよ。環境変化はまだ続いてる。俺ひとりが出ていってどうなるものでもない。みんな死んじまったならこれから新しい社会を作ることもできない。何をしたって、何の意味もない。ここにずっといるだけ。いるしかないって、それだけだ。今までと違って、誰かのためじゃなくて……」
「生とは本来無意味なもの」
「お――っ」
お前に何がわかる、という言葉を。
寸前で、閉じ込めた。
それから、日記の言葉を思い出して、誤魔化しみたいに頭を下げた。
「その、襲い掛かってすみませんでした。あと、みんなにコールドスリープの技術をくれて、ありがとうございました」
鵜呑みにするほかなかった。
だって、もう真実を知る手段は他にない。日記の筆跡は間違いなく前任者のものだったし、目の前のこの存在がコールドスリープ装置を出たり入ったりできることへの説得的な理由が、自分には他に思いつかない。
もう受け入れるほか、選択肢はなかった。
「構わない。前者はこの状況なら当然のこと。後者は、約束があるから。あなたが礼を言うようなことではない。……あなたは、これからどうするの?」
「どうって……」
ぐちゃぐちゃだった。
何もかも。自分の中にあるもの全部根こそぎ引っかき回されて海水でもぶっかけられたみたいな有様。そんな状態で、これからのことなんて考えられるわけがない。
けれど、
「……たぶん、ここで暮らす。外に出るのは、気持ちの問題じゃなく、身体の問題で無理だから。まだまだ人間が生存するのに適した環境にはなってないし、外に出るより、このシェルターの中にいた方が、やれることは多い」
「そう。では、これでお別れ。すべての約束は果たした。私はこのシェルターから出ていく」
あまりそのこと自体には、世季は驚かなかった。もう、その感情は使い切ってしまったのだと思った。
代わりに、こう訊いた。
「ああ、じゃあ隔壁開けるよ。すぐに行くのか?」
「すぐに行く。が、そちらで操作してもらう必要はない。このシェルターの設営に関わったのは私。あなたに何かをしてもらう必要はない」
「そっか。んじゃまあ、元気で。……あ、一個だけ」
「なに?」
「どこに行くんだ?」
「遠く。……私も一個だけ」
「ん?」
「タイムマシンを信じる?」
は?と訊き返したときには、もう瞳に何も映らない。
宇宙人は、もうその場から消えていて。
とうとう、世季はひとりぼっちになっていた。
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