夏の墓 5/8
悲鳴ってマジで出るんだな、と妙なところで自分で自分に感心したりもした。
今は、目の前に奇妙な、背の小さい生き物が佇んでいる。
人間ではない、
と、世季は思っている。見た目はそっくりそのままだけれど、間違いなくそうに決まっていた。だって、あの装置に隠れて、それで何食わぬ顔をして自分を片手で床に組み伏して、もう片方の手で髪に張り付いた霜を呑気に払っているような生き物、人間なわけがない。こっちは身長が伸び切ってからというもの向かうところ敵なし、訓練の最後には元プロ格闘家を相手にして引き分けたことだってあるのだ。
それが、このザマ。
「な……っんだお前! 離しやがれっ!」
「敵ではない」
「そういうことは……っ!」
その手を離してから言え、と。
腕の骨の1本や2本は覚悟の上で身体を無理やり起こそうとして、
「……どういうつもりだ」
「敵ではないと言った」
するり、と小さな手が世季から離れた。両手を小さく上げて、自分には敵意はないということをアピールしようとしているらしい。
「……何者だよ、お前」
起き上がりながら、ガンホルダーにそっと手をかける。この場所ではあまり使いたくない武器だが、刃物で勝ち目があるようには思えない。それに、世季は知っている。両手を上げるとき、頭の上にぴんと伸ばして上げるなら確かに無防備だが、胸の前に上げるのはファイティングポーズと大して変わらない。映画で散々この状況から逆転されるのを見た。
「あなたの……友人の友人」
「このシェルターの関係者ってことか?」
「そうではない。もっと古い」
「もっと古いって……、俺がここに来る前?」
「いいえ。あなたがここに来た後」
「おちょくってんのか?」
「結果的にそう思えるだけ。私は真実しか告げていない」
一歩、世季は距離を取る。狂人かもしれない。顔を見た覚えがないということは、管理者の系譜ではない。となるとこの手の空間に精神が耐えられず、発狂している可能性もある。
早撃ちはそこまで得意じゃない。
まいったな、と世季は思う。この場で暴れられたらたまったものじゃない。それに、自分が死んだあと次の管理者が目覚めたとして、その場でまた殺害される恐れがある。
こういうの、リスキルっていうんだっけ。
違うか。
「何が目的だ」
「強いて言うなら、あなた」
「おいおい。運命の恋人ってか?」
「全然違う。黙れ。殺すぞ」
「えっ…………?」
映画で見たことのある台詞を折角だからと使ってみたら唐突に全ギレされた。表情はまっ宅変わっていないのに、言葉の語気が全く違った。
得体の知れないやつだな、と思いながら、とうとう世季は銃を抜く。銃口はとりあえず、相手の胸のあたりに向ける。こういうときは頭の方がいいのか? そもそもこういう人型のエイリアンみたいなやつと対峙するのは初めてだから、対処法がいまいちわからない。こんな手持ちの銃で本当に仕留められるのか? あの冷凍に耐えられるやつを?
「撃っても構わない。その武器が取るに足らないということが確認できるだけ」
「……マジのエイリアンみてーなこと言うじゃん、お前」
「マジのエイリアンだから、それはそう」
「は、」
これまでの人生でも一番の動きだったと思う。
目で追えなかった。ただぞわっ、と背筋の粟立つような感覚に咄嗟に銃を引いて、その先端が真っ二つに両断されて、断面が重力に従って落ちていく前にグリップで頭をぶん殴ってやろうとしてもう空振りになることがわかって膝の力を抜いて体勢を低くして回転するように重心を動かして相手の背中にバックハンドを叩きこむ軌道がダメで逆の手を床に突いて右足を跳ね上げて側頭部を切り裂くようにして
「――――っ」
「話を聞くといい。最後の地球人」
平手で、簡単に掴まれている。
無理だ、とわかった。
今の動きで無理なら、自分どころかどの管理者も勝てやしない。完全に向こうが上手。熊を相手にしたってもうちょっとやりようがある。
それに、こいつは聞き捨てのならないことを。
「最後の……?」
「そう」
掴んだ右足を、何でもないように簡単に手放して。
そいつは、言った。
「凍眠の限界。――残念ながらあなた以外の人類は、すでに解凍不能になっている」
@
『君がこの日記を読んでいるということは、もう人類の絶滅を聞かされたということだろう。
なあに、驚くことはないさ。君みたいなタイプはどうせ僕の日記なんか読まないだろうからね。初歩的な推理だよ。わざわざこんなにわかりやすいところに答えを置いておいたのにどうせ今まで気付かなかったんだろう。わはははは、このすっとこどっこい。
ま、そんなことはいいんだ。
近くに宇宙人を名乗る人がいるだろう。さすがの君でも勝てまい。何せ本物の宇宙人だからね。もし勝ってたら僕はドン引きだよ。なんなら戦おうとした時点でドン引きだね。生物本来の危機回避能力とかどこかに置き忘れてきたんじゃないか? 君に限らずたまにそういうタイプの人がいるみたいなんだけど、残念ながら僕には理解しがたいよ。コールドスリープに入った人間はみんなそうだと思うけどね。君たちみたいに常に人生を切り開こうとしている人たちの気持ちは、よくわからない。
端的に言うと、僕たちが本当にやりたかったことは安楽死だったんだ。
協力者は、君の隣にいる宇宙人さん。どう考えても僕たち地球人の科学力じゃ、シェルターはともかく100年も耐えられるコールドスリープ装置なんて作れないからね。技術提供者様々だよ。敬意を払うように。
この星の環境変化は、数百年程度でどうにかなるようなものじゃないんだ。数万年、数十万年のスパンで考える必要がある。その上、寒冷化やその先の温暖化が落ち着いた後の環境に僕たちが適応できるかどうかは完全な賭けだ。生存インフラが完全になくなった状態から、仮に大型動物が支配するジャングルみたいな場所を開拓しようとして、僕たちみたいな小集団が何とかできると思うかい?
もちろん、望みを完全に捨てたわけじゃない。君が聞いていたとおり、周囲の環境が僕たちの生存に適する状況になれば全員のコールドスリープが解けるように設定はしておいた。
でも、宝くじが当たらなかったら死ぬ、なんて真剣に言っている人が、宝くじに当たることと死ぬことのどっちを将来に見据えてるかって、わかりきったことだろう?
コールドスリープの耐久年数は、本当は100年と少しが限界だったんだ。それ以降になると、生存は続けられるけれど、もう解凍はできなくなる。それでいいと、僕たちは思って凍眠に入った。
もう、彼らが起き上がることはない。
怒っているかい? でも、そうしたかったんだ。
僕たちは苦しんで生きることよりも、安らぎのなかで眠ることを選びたかった。でも、それと同時に、君みたいな子どもを守りたいって気持ちもあったんだ。
君は、こんなことを聞いたら絶対に賛同しなかっただろう。初めてここに来たときから、君はそういう生き物だった。僕たちとは違ってね。エネルギーに満ちてるっていうのかな。小学校だと人気者か、それか仲間外れのどっちかだったんじゃないか?そんな気がしてるよ。
でも、どれだけエネルギーに満ちていても、それだけじゃあの世界を生き延びることはできない。大陸では戦争が続いていたし、略奪も、暴力も、最後の炎のように燃えていた。
だから、僕たちの場所で守ろうと思ったんだ。
ここが、その限界。
あとのことは、好きにするといい。
……管理者なんてとんだ貧乏くじだと思っていたんだけれど。
いいもんだね。誰かに何かを遺すっていうのは。
気分がいいや。
ひょっとすると、この一生で、一番』
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