夏の墓 1/8



 げえっほごほげほおええおげえ、と大いに咳き込んで、煙草を灰皿に押し当てて念入りに火を消して、吾階あがい世季よきはこう叫んだ。

「なんっ、じゃこりゃあぁ!!」

 ぽてん、と煙草を床に投げつけて、ぜえはあと肩で息をして、もう2回くらい咳をして、それからこう思う。

 騙された。

 こんちくしょう。

 美味そうだと思ったのだ。前々から映画やらのドラマやらのアーカイブを見るたびにそう思っていた。とにかくそういう物語に登場するキャラクターたちはこの煙草とかいう嗜好品をやたらめったら美味そうに吸う。成分表やら健康被害を見るとどう考えたって正気とは思えない行いだったが、しかし正気じゃないキャラクターの方がよっぽどかっこいいなんてこと、映画を見ていればいくらでも理解できる。

 だから、自分もイカれた野郎になってやろうと思ったのだ。

 間違いだった。

「まっじ~~~~~~。なんだこれ! 舌壊れてんじゃねえの、こんなん吸ってたやつら!」

 たまにある普段喫煙しないキャラクターが、人からの勧めで煙草をくわえて咳き込む場面の理由がわかった。あれは煙が鼻に入ってるとかそういうことじゃなかった。純粋に不味いからだ。

 ぐしゃりと煙草の箱を握りつぶす。こんな悪の遺産は残してはおけない。次の世代の管理者がどうするかは知らないが、とりあえず自分が見ている間は全くもって不要な物品だ。間違っても取り出せないように倉庫の管理プログラム上に「持ち出し禁止」のタグでもつけてやらねばなるまい。

 ぺっぺっ、とまさか床に唾を吐くわけにもいかないから、夏の日の犬みたいに舌をべろりと出したまま、がちゃりと部屋のドアを開ける。なんでもかんでも電気化すればいいというものではない。いざというときに電気が止まったので身動きができませんというのじゃ話にならないから、こういうところはアナログのままだ。

 21世紀から何も変わっていない。

 小部屋から中央ホールに出てくると、急に心細さが増してくる。この気持ちを心細さと表すということは、前任者の記録簿に書いてあった。「次の管理者殿が広場恐怖症でも持っていないことを祈るよ。もっとも、閉所恐怖症よりはよっぽどマシかもしれないが」なんて気取った言葉も添えられていて、どうもこいつとお友達になるのは難しそうだな、と思ってしまって、業務と関係ない日記の部分はろくすっぽ読んでもいないけれど。そのうち、誰か波長の合う管理者に交代したときには日の目を見ることだろう。ああいう言いぶりが好きなやつはおそらく人の日記を隅から隅まで読むし、そういうことをするのが大好きだ。

 コンソールに手を置く。もう打鍵するのにキーの文字を見る必要はない。物品管理簿から煙草の項目を引き出して「長期封印」のタグをつける。口直しに何か食べようと思って、在庫検索に「食品 甘い」と入力する。黒蜜杏仁ゼリー。とりあえずこれでいいか、と引き出しを確定。そのうち、部屋の右奥のランプがつく。透明なカバーをつまみ上げると、いかにもたった今解凍してきました、と言いたげな冷たい缶詰が鎮座している。

 ところで、吾階世季がコールドスリープから解凍され、この管理者の職についたのはつい3年前のことである。

 22世紀も後半も後半。

 世界は、見ようによっては結構滅びていた。



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