ひとりよがりのアフターグロウ 5/7



「ぷ、プレゼント!?」

 帰ってきた途端に平良は玄関に駆けつけるものだから、おかげさまで杏子は鞄を下ろす暇もなく驚く羽目になっている。

 困り顔ながら、嬉しさを隠せないようなにやけ顔で、

「なんだよ……。別に気にしなくていいのに」

「そんなことないですよ~。お世話になってますもん」

「開けてみてもいいか?」

 もうリビングまで待ちきれもしないらしい。杏子はその場で包装を解こうとしていて、平良は「もちろん!」なんて言いながら見当違いの方向に向かってウインクをしている。上手くいったぞ、という意味なのだろう。

 開けると、イヤホンが入っている。姉の嬉しそうな顔を見て、まあそうだろうと葵名子は頷く。2ヶ月くらい前に断線したきり買い換えていないのはちゃんと知っていた。

「うお、ちょうど欲しかった……! しかもデザインも可愛いな! ありがと!」

 すげえ嬉しいよ、と杏子が言えば、平良もえへへへへへと照れてにこにこ笑う。

 あら幸せそう。

 天井の近くで、口元を押さえながら葵名子は思う。

 もしかして、本当にもういいのかもしれない。

 この世話好きの姉と世話しがいのある同居人は、今後も仲睦まじくやっていくことができて、とっくに死んでしまった自分なんかは必要なくなっているのかもしれない。

 最初に姉を見に来るときに思っていたあの「精々2週間」。

 予想よりもずっと長かった悲しみが癒えるまでの期間は、もうすぐ終わるのかもしれない。

 だとしたら自分が次に考えるべきことは、どうやって自分がいなくなった後の「パッチワーク・アソート」を扱うかということで、いっそもうこれすら平良にバトンを渡してしまおうかと考えて、

「マネージャーさん?」

 平良の声。


「―—―—泣いてるんですか?」


 は、と声に出た。

 嘘だと思ったのに、嘘じゃなかった。

 また姉が泣いている。ここ最近は泣かなくなったと思ったのに。その代わりに、笑う時間が増えたと思ったのに。

 顔を押さえる手の隙間から、涙が溢れ出ているのが見える。

「いやっ、ごめ……。違うんだ、その。別に変な意味じゃなくて……。その、あいつはこういうの、くれたことなかったから……」

 そんなことないだろう。

 何度もあげたはずだ。母の日と父の日と杏子の誕生日の年3回。何かしらの物を毎年贈り続けたはずだ。でもまさかこの姉に限ってそんなことを忘れているとも思えないし、こんな嘘を吐く意味も見当たらないし、

「ごめん、ちょっとひとりにしてくれるか……?」

 こくこくと平良は頷く。いきなり目の前で泣き出す人間に遭遇したことなんてないのだろう。小鳥みたいにびっくりした顔で、何かのきっかけがあればこっちまで泣き出してしまいそうで。

「大丈夫。ひららさんのせいじゃないです。……私が何とかするから、部屋に行っていてもらえれば」

 囁けば、その言葉に少しだけ安心したような顔をして、平良は杏子の部屋に引っ込んでいく。

 杏子は、葵名子の部屋へ行く。

 葵名子の骨の眠る部屋で、静かにノートパソコンのスイッチを入れる。





 ……すごいよな。さすが、あたしの妹が作っただけあるよ。顔がどうなってるとか、そういうところまで見えてるんだな。

 うん、まあ。ちょっと……。ひららには悪いことしたかな。プレゼントあげたやつがいきなり泣き出したらビビるよな。あとでちゃんと謝らないと。

 さっき、ひららにプレゼント貰ってさ、それで葵名子のこと思い出して泣いちゃったんだよ。ダメだな、あたし。葵名子が死んでから、ずっと情けないまんまだ。

 あいつ、あたしに何度もプレゼントくれたんだけどさ。すごい几帳面だぜ? 年3回。小っちゃいのも含めればもっとかな。あたし、あいつくらいの年のころはもっと可愛げなかったよ。食べ物の好き嫌いとかすげえ多かったしさ。小学生のころどころか、中学上がってもまだしばらく服汚して怒られてた。友達の誕生日すらすぐ忘れて、後からプレゼント買ったりしてたし。本当に姉妹なのかって思うこともあったよ。ちょっとあたしには出来すぎな妹だって、ずっと思ってた。

 でもさ、そのプレゼント、いつも消えものなんだよ。食べ物とか、香水とか、ハンドクリームとか……。とにかく、時間が経てば消えるようなもの。わざとだったのかわかんないんだけど、とにかく絶対にそうだった。絶対、手元に残るようなものは渡してこなかったんだ。あたしがあげた誕生日プレゼントはちゃんと部屋に残ってるから、そういうのが嫌ってわけじゃなかったんだと思うけど。

 あいつ、最初からどこかに居なくなる気だったんじゃないのかって、そう思うんだ。

 父さんも母さんもそうだったよ。ガキのころめちゃくちゃ言われたんだ。お父さんもお母さんも絶対にお前より長生きすることはないんだよって。そんなんわかってるけどさ、言われたくないじゃん。でも、ことあるごとに言うんだよ。だから杏子もいつかは一人で生きていけるようにならなくちゃね、って。

 嫌だよ、あたし。そんなの。

 葵名子はさ、父さんと母さんにそっくりだった。いつか自分が居なくなると思いながら生きてたっていうのかな。お前の生みの親にこんなこと言うのもあれだけどさ、でも、本当のことだと思うよ。あいつ、何しててもずっと思ってるんだよ。いつか死ぬって。いつかどこかで自分はいなくなるって。どんなに近いところにいても、どんなに遠いところにいても、そう考えてることが、あたしにはわかった。

 だからさ、あいつが死んで、何も残ってないんだ。

 この部屋と、骨だけ。本当にそれだけしか、残ってない。

 当たり前のことなのかもしれないけどさ。生きてれば人は死ぬとか、何もかもいつかは消えちゃうとか……。

 でもあたしは、嫌だよ。

 虚しくなるために生まれてきたわけじゃない。

 一人になるために生まれてきたわけじゃない。

 …………何言ってんだろ。ごめんな。なんか急に、ひららから物を貰ったら、そのこと思い出しちゃってさ。どうかな、このイヤホン。可愛いよな? よし、じゃあ後でちゃんとお礼を言わなきゃな。今はちょっと、顔ひどいから無理だけど……。

 ……なあ。

 眠れるまで、そのまま見ててくれるか?



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