ひとりよがりのアフターグロウ 1/7
決してAIなどではなくただの幽霊なのだけれど、今日も今日とて姉の
「じゃあ、あの。描き上がったのでこれで今日の配信は終わりにします。お疲れさまでした。次回は……やるなら3Dモデルの製作をやろうと思っています。よろしければお付き合いください。今日もありがとうございました」
「ありがとうございました」「拝承」「今日もご丁寧でお偉く存ずる」「きなこ!飲み行くぞ!華金じゃガハハ!」「アルハラじじいは森に帰って」
ぽち、と配信終了のボタンを押すと、どっと肩の疲れが出てくる。幽霊になってからも疲れと無縁というわけにはいかない。世知辛い。
「マネージャー、終わったよ」
「おっ、そっか!」
ずうっと見ていたのだから、本当は終わったタイミングくらいわかっていただろうに。
缶ビール片手にわざわざパソコンの前の椅子に座ったままでいたのは、声をかけてほしかったからなのだろう。相変わらず妹離れできない人だな、と
「どうだ? 今日も配信、上手くできたか?」
「うん」
そっかそっか、と嬉しそうに杏子は頷く。何の憂いもない、夏の向日葵のような笑みだった。
「マネージャーのアカウントにメッセージが何件か溜まってたから、処理しておいた。クレームはそんなに数がないから基本的に放置しちゃってる。あと二次創作ガイドラインを出してほしいって要望が多かったから、素案を作成しておいた。一応後でマネージャーにも見てもらって、それからメンバーにこれでいいか確認を取ってもらってもいい? 特に内容ははてなさんに、文面はトトさんにチェックしておいてもらった方が堅いと思うから」
「おー。なんだよきなこ。そんなのまで作れるのか? お前ってやっぱりすごいなー!」
からからと、明るい笑みで杏子は言う。
「さっすが、葵名子の形見! あたしの妹が作っただけのことはある!」
「……うん。そうだね」
21世紀の最先端を行くスーパーAIだからね、と葵名子は言う。
そして杏子は鼻歌混じりに上機嫌で、葵名子が表示したパソコンの画面を眺め始める。
膝の上には、葵名子の骨壺。
その光景を見つめながら、葵名子はひそかに思っている。
この先この人は、一体どうなってしまうんだろう。
@
言っちゃあなんだが、生前の葵名子は大のつく天才少女だった。
勉強もできたし運動もできた。音楽・美術・技術家庭科も得意で、小学校3年生のときに「なんでこんな計算もできないんだ!」と担任が隣の席の同級生を泣くまで詰っていたのに「でも先生もこの間黒板に九九間違えて書いてましたよ」と口を挟んで鬼のように嫌われてめちゃくちゃな成績をつけられたのを除けば、通知表はずっとオール5で通してきた。運動会では万年アンカーだったし、レッスンに通ったわけでもないのに合唱祭ではピアノを弾かされたりした。
自分の能力を鼻にかけるようなことはあまり行儀がよくないだろうと思う葵名子だけれど、心の底ではちょっとくらいこう思っている。
私、結構すごかったでしょ。
まあ、死んだら何にもならないんだけど。
予想もしていなかった、と言えば嘘になる。葵名子の父と母は、葵名子がほんの小さい頃に病気で死んだ。三回忌だかなんだかで親戚が言っていたことには、そういう早死にの家系なのだという。父母両方とも。
さすがにこんなに早いとは思わなかったけれど。
享年14歳。こんなに早いとは思わなかったけれど、そういう短い人生自体は覚悟していたので、あまり未練はなかったりもする。楽しめることは全部楽しんだし、やれることは片端から何でもやってきた。それにそもそも才能に溢れた思春期の子どもなんて大概は自分は20歳になるまでに死んでるに違いないと思い込んでいるもので、誤差といえば誤差の範囲内。
それでもただひとつ心残りだったのが、姉のこと。
干支が一回り違う。年の離れた姉妹で、だから両親の死後、生活の多くは姉の杏子が舵を握ることになった。当時の杏子は大学生。お金の面だけで言えば、両親も葵名子と同じように早死にを警戒して高額生命保険に加入していたから心配なかったけれど、それだって小さな妹を抱えて生きていくのは相当の心労だったことと思う。学校の三者面談にどんな服で行ったらいいのかわからずに、スーツも持っていないからとなぜか卒業済みの高校の制服で来たときは「この人ちょっとあれなのかな」と葵名子は担任と一緒になって思ったりしたけれど、今にしてみればこう思う。姉はすごい。もし自分がもう4、5年生きたとして、小学生を抱えて急に社会に放り出されて、その上でちゃんと生活していけるかと問われれば、あまり自信はない。
結構尊敬していたりする。
だから死んだあと、幽霊になっている自分に気付いて、最後に様子くらいは見に行きたいと思ったのだ。多少落ち込んでいるだろうが、なにせもう失うのも3人目。そろそろ人が死ぬってこと自体に慣れが出ているだろうし、精々2週間もあれば落ち着くだろうと、だからそれを見届けて、どうやるかはわからないけれどそれから成仏したり無に還ったりしようと、そう思って、
しくしく泣きながら、自分の焼けた骨を抱いて眠る姉を見つけた。
あらあらまあまあ。
自分の前で泣いたことなんて、両親の葬式が終わった日に、ほんの一筋。
たったそれだけの人だったのに。
そのままじっと見つめていたけれど、いつまで経っても動かない。トイレに二、三度立つだけで、30時間も50時間もじっとしている。
このままだと死んじゃうなあと思ったのだ。
「お姉ちゃん、」
呼びかけても、当然聞こえたりはしてくれない。当然だ。すでにぽっくり死んでしまったのだから。今さら何を言ったって生きてる人に声が届くはずもない。
どうしようか、と考えた。手を伸ばして触れてみようとしても、すかっと宙を掴むだけ。物を倒してポルターガイストでも起こしてやろうとしても、まるで手応えがない。死んだのだからしょうがないとは思うけれど、もう少し便利でもいいのにという不平だって口をつく。
そのとき、出会った。
パソコンだった。水嶋家にはノートパソコンとデスクトップパソコンの2つがあって、ノートパソコンの方が葵名子の使っていた方。どういうわけか姉がずっと丸まって泣き続けているのは葵名子の部屋のベッドの上だったので、ちょうどその近くに葵名子のパソコンが置いてある。
これだけ、触れた感触が違った。
他のものに触ったときと違って、向こう側まで腕が通り抜けたりしない。ずぶずぶ飲みこまれていくような感触があって、その上ごそごそとまさぐってやると、どうもパソコンの中身を動かせそうな気もしてくる。
起動した。
こっちのもんだった。
弄り回している間にコツが掴めてきた。マウスカーソルの動かし方もキーボードの使い方も、このへんを捻ったりあのへんを押したりすれば上手くいく。スピーカーのあたりをびりびりやってやれば声だって出るに違いない。
ファイルを開く。
短い人生の華やぎに、たくさんやっていた趣味のひとつ。
ぴこん、と音が鳴る。アニメ調のキャラクターが表示される。声の出し方は理解している。顔の動かし方も、その場で理解する。
音に釣られて杏子が振り向く。葵名子はキャラクターに笑顔を作る。
そして、言った。
「ええと……初めまして。バーチャルAIの……『きなこ』、です」
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