神さまは何も言わない 4/7



 まとめると、こういう話だった。

 平良はごくごく普通に生まれてごくごく普通に育ったと思っていたが、とんでもない大間違い。

 物心ついたときから外に出た記憶がほとんどない。というか婚約のために相手の家に行った9歳のときと、結婚のためにこの家に来た14歳のときの2回しか外出の記憶がない。

 大体はずっと、部屋の中で過ごしていた。5分以上歩いたことがなく、インターネット配信を始めるまでは親と夫以外の人間に会ったことがなかった。親からはずっと敬語を使われて育てられたし、学校には一度も行ったことがない。義務教育という言葉も異世界の制度に聞こえる。大体今までリスナーとやってきたゲームは全部SFとかファンタジーとかと同じように捉えていた。

 結婚相手は神様に決められた。

 そういうものだと教えられて生きてきた。何度も何度も両親が神様の話をするのですっかり覚えてしまった。

 人は神様に決められた相手と結婚することになっている。

 そして妻の役割は、水槽をずっとかき混ぜること。

 そういう風に聞いて、生きてきた。

 社会の仕組みも広い世界も知らないまま、ずっとそれだけを聞いて生きてきた。

 すべてを話し終えた後に残ったのは、疲弊したコメント欄と「はてな」。

 満場一致でこう言った。


 逃げなさい。



  @



「あー、あー。聞こえてる?」

「おけ」「大丈夫」「あんまり大声出さないようにね」「すっげー不安 気をつけて」

 ノートパソコンだからそれほど重くはない。毎日毎日あんな棒をこねくり回してきた平良だから、持ち運ぼうと思えば持ち運ぶことくらいはできた。

 住所を確認しよう、という話になった。

 平良はまだあまり実感がないけれど、これはいわゆる事件というやつに該当するらしい。監禁とか、誘拐とか、そういうの。はっきり何に該当するのか、というのはコメント欄でリスナーたちが話し合っていたけれど、結局よくわからなかったから、よくわからないまま。

 でも、逃げ出した方がいいらしい。

 インターネットはあるけれど電話はない。だからリスナーたちが「代わりに通報しようか?」と言ってくれても、なにせ平良は日本という国の存在すらごく最近になって知ったような人間だから、自分が今どこにいるのかなんてわかるはずもない。

「はてな」によるレクチャーをみっちり受けて住所という概念を理解してから、平良は行くことになった。

 冒険の旅。

 住所がわかるようなものを持って帰ってくれば、それを元に「はてな」が通報するという手はずになっている。

 いつもの数倍の視聴者がいた。犯罪絡みのリアルタイム実況だと思っているリスナーもいれば、脱出ゲーム的な企画だと思っているリスナーもいる。何にせよ、普段の平良のリスナーだけではなく、「パッチワーク・アソート」のファン層よりも外側の人間でさえ配信を見に来ていた。

 平良は普段から視聴者数やファン数を「なんか多い」「なんか少ない」くらいでしか認識していないので、特別そのことに気付いていないけれど。

 昼12時。

「じゃ、行ってきまーす。……ふふ。なんかこれ、本当にこの間やったゲームみたいだね」

「草」「のんきすぎるだろ」「これは大物ですわ」「ホラー耐性が強すぎて現実で何も気付けなかった女」「本当に気をつけてほしい」「俺たちの方が怖がっててワロタ」

 ぱたん、と平良はノートパソコンを閉じる。さすがに開きっぱなしで持ち歩くわけではないし、常にコメント欄を見ているわけにもいかない。音声だけを配信し続けて、何か難しい場面になったら画面を開いて助けを求めるつもりでいた。

 ここに来てから初めて、部屋の外に出た。

 電球の明かりが届かなくなる。階段。下から上へと続き、先は真っ暗。手すりはない。

 まあいけるだろ、と特に手探るわけでもなく平良は進む。

「わわ、」

 そしてよろける。

 人生で階段を歩くのはたったの二度目。どころか平地を歩いた経験だって薄い平良だから、予想以上に難しい。暗闇の中では段がどこにあるのかもわからないし、ノートパソコンを片側の腕で抱えているから左右の重心もおぼつかない。

 腰を落として、よろよろと進むことにした。ゲームで学んだ感じだと、たぶんここから落ちると結構なダメージが入る。気をつけて進まなければならない。

 階段はとてつもなく長かった。平良は知る由もないが、階段の段数だけでだいぶ配信のコメント欄がざわついたくらい。足音を数えていたリスナーもいたが、計200歩超。すべての歩みで段を上っていたとしたら、10階分相当の高さを上ったことになる。

 雨の音が聞こえる。

「あ、この音、聞いたこと、ある……。なん、だっけ……」

 息も絶え絶えで、階段の先で平良は屈みこみながらそう呟いた。

 完全な闇の中。さらに上の段に進もうとした足が空振って、どうやらとうとう階段を上り切ったらしいことに平良は気付く。

 ここから先に進むのには明かりがいる。ゲームだったら蝋燭か懐中電灯を探すところだが、幸い、平良はちょうどその代わりになるものを持っていた。

 ノートパソコンを開く。

「みんな~、上ったよ~」

「888」「すごい」「えらい」「階段長すぎね?」「これどこから配信してんだ」「なんか音の感じが変な気がする これ密室?」

 胸を押さえて、動悸が落ち着くのを平良は待つ。それから、配信向けにこういうことを言う。

「えっとね、今、周り真っ暗です。本当に何も見えないんだけど、どうすればいいと思う?」

 流れてきたコメントの内容をまとめると、「壁際まで移動して、PCの明かりで照らしながら壁伝いに歩こう 階段にまた落ちないように気をつけて」

 言われたとおりにした。

 手探りで進んでいって、ぺたりと手のひらが壁につく。コンクリートの感触。一応明かりで照らしてみても、それ以上でも以下でもない、のっぺらぼうの壁があるだけ。それに手をついて進んでいく。

 すると、壁が折れ曲がった。そのまま進んでいくと、かつ、と爪が段差に引っかかる。

「なんだろ、これ……。あ、扉?」

 鉄扉だった。ドアノブにまで手が触れれば、さすがに平良も気付く。前に住んでいた家にもあった。一度も自分で開けたことはないけれど、開け方は何となくわかっている。

「じゃあちょっと、開けてみるね。これ捻ってみればいいんでしょ?」

「開くのか?」「鍵とかかかってそう」「まあ試しにね」「気をつけて」「※この先ホラー注意※」「普通にこの企画おもしろいな リアルTRPGみたいな感じ?」

 ぎい、と音を立てて扉が開く。

「わ――」

 闇の中に光が差し込んで、平良は目を細めるが、それも束の間。雨の音は強く、自然光はそれほど強くはない。

「雨だ。見るの初めてかも」

 それでも、平良はほとんど初めて肉眼で、外の景色を見た。

「どんな感じ?」「建物の感じを教えてほしい」「雨が初めて……」「いきなり外? それともただの窓?」

「あ、えっとね。まだ建物の中。すぐ目の前が窓だったから、雨だってわかっただけ。えっと、ちょっと色々見ながら説明するね」

 そうして平良はリスナーに向けて語った。

 内装は和か洋かで言ったら洋風。窓は廊下の内側についていて、外側はずうっと壁と扉が続く。窓から覗くのは生い茂る夏草とその向こうの廊下だけで、そこから見える構造を見ればこの建物はぐるりと一周、ロの字のような形をしていることが読み取れる。手入れがされていないのか窓はところどころが破れ、板張りの床まで蔓草が這い出ている。

「右と左、どっちに行けばいいかな?」

 なぜか右が大多数だったので、平良は画面を閉じて右に進むことにする。

 ぎいぎいと床板が鳴る。閉じる直前に流れてきた「廃墟で床踏み抜くと最悪骨折する」というコメントを思い出して、平良は慎重に進んでいく。

 向かって右側は扉と壁が続き、向かって左側には窓が続く。雨が草むらを叩く音がぽつぽつと響いて、平良の足音もぎいぎい響く。角につくとトイレらしきものを見つけた。男女を表すピクトグラムが掲げられていたから、平良でもそういう場所だとわかる。それを伝えると、閉じたノートパソコンの向こうでは「これ公共空間なのか……?」とリスナーが考え込んでいる。普通の民家に、トイレの男女分け表記は存在しない。

 37歩。

 明らかに普通とは違う扉が目の前にある。

 とにかくでかい。さっきまでの扉と違って、開けることに決まった手続きと許可がいるんじゃないかと思わされるようなでかさだった。

 両開きの扉はぴったりと閉じられている。これまですべての扉を「後から開けていこう」とスルーしていた平良も、さすがにこれには興味を惹かれて、

 何の迷いもなく扉を引いた。

 開かない。だから次は押してみて、それでも開かない。よく見ると錠が下りている。簡単に外せるような閂が2つ付いていたので、ひとつを片側の扉に押し込んで、もうひとつを上側にくるりと回して取り外す。

 それでも開かないのは、鍵付きの錠がもうひとつ、内側についていたから。自転車やら手持ち金庫やらにつけるようなチャチな南京錠ではない。上手く振り回せば人ひとりくらい撲殺できそうな、手のひら大の古びた鉄の錠がついていた。2、3度拳でこつこつ叩いてみて、とても自分じゃ太刀打ちできなそうだ、と平良は思う。

「これあれだよね。別の部屋で鍵を探してくるやつ。これが出口かな」

 とりあえず後回し、と平良は進む。次の突き当りでは2階に続いていたのだろう階段が見つかったが、劣化のためか段が壊れてしまっている。少なくともこの時点では上れそうにはないな、とこれも通りすぎて、最初の場所に戻ってくる。

 パソコンを開く。

「特に何も変なところはないかな。2階って無理にでも見てみた方がいい?」

「やめとけ」「床板腐ってるのはマジでヤバイ 下手すると死ぬ」「階段がそれだと2階上ってからも床抜ける可能性あると思う」「本当に探索行き詰ったらでいいと思う リスク回避」

「おっけー。それじゃ部屋巡っていくね」

 部屋は6つ。建物は長方形で、両開きの扉と地下室への扉がある2辺に2部屋ずつある。そして短辺には1部屋ずつ。

 地下室への扉の、すぐ右隣の部屋から始めることにする。ドアノブを掴んで回して、

「ありゃ?」

 かつん、とつっかえた。

 押したり引いたりしてみてもどうにもならない。仕方がないから後回し。廊下を歩いて角を折れて、別辺の扉に取りかかる。ドアノブを掴むと、埃が溜まっていたのだろう、乾いた感触。

 今度は開いた。

 けほ、と平良は小さく咳をする。その先も暗闇だったからわかりづらかったが、背中側の窓から差し込んだ光にきらめいてわかった。埃が舞ったのだ。

 暗闇ということは、この部屋の中にも窓はないということ。

 よく見えないなあ、と平良が呟けば、察しのいいリスナーが「入口近くにスイッチあるからそれ点けて」とコメントをする。

 壁を手のひらでなぞると、確かに触れた。かちり、と音がして天井の電気がちかちか瞬きながら点灯する。

「えーっとね。あの、物置小屋? あれに似てるかも。……っくしゅ! 埃、すご……。ドアノブで手も汚れちゃった」

 荷物の多い部屋だった。薄汚れて、多くのものにブルーシートが被せられている。土の匂いも漂っていたけれど、平良はそれに気付けない。ただあまり触りたくない場所だな、と思うだけ。

「どうしよう、これ。色々中見てみた方がいい?」

「時間かかりそう」「住所っぽいのはなさそうだしいいだろ」「隅々まで探索は基本」「いやこれゲームじゃねえから」「ゲームだろwww」「全部の部屋見て回ってからにしよう やること把握は時間管理の基本」

 いちばん頭のよさそうなことを言うコメントを採用した。ぱたん、と平良は扉を閉じる。まずはすべての場所を見て回ろう。

 また廊下を折れて、両開きの扉の左右にある2部屋を確かめる。これもまた、まったく開く気配がなかった。ドアノブに鍵穴があるから、どこかで調達しなくちゃいけないのだろうな、と平良は思う。

 もうひとつの短辺に移動する。

 今度は開いた。

「なんだろこれ……。書斎?みたいな感じ。あ、いや。生徒会室みたいな感じかも」

 なんの変哲もない部屋だった。

 机とパイプ椅子があって、その脇にいくらかスチールの棚が置いてあって、青くて厚みのあるファイルが3冊収められている。机にも床にもそれほど埃は積もっておらず、だから少しくらい調べてみてもいいだろう、と平良は中に足を踏み入れる。後ろ手に扉が閉まる。パソコンを机の上に置いて、腕を休ませるついでに書棚の前に立った。

 ファイルの背表紙には何も書かれていない。指をかけた感触が一番軽いものを選んで引き抜く。

 数十枚の紙が綴じてあるだけのファイル。

 その一番上には、平良の名前と、顔写真が載っている。そしてその後ろの方を見てみると、同じように女性の名前と顔写真が載ったA4サイズの一枚紙が何枚も。

 ただそれだけ。

「……何だろこれ、ヒント?」

「わからん・・・」「被害者リストじゃないの」「最新のがひららってことはそれまでのは……」「いや怖すぎるが 深読みやめろ」「ていうか鍵ないの、その部屋?」「鍵なら物置小屋の方がありそうだけどなー」「キーボックスとかないんか?」

「キーボックス?」

 平良が訊くと、リスナーが懇切丁寧に説明してくれる。鍵を入れる金属の箱。壁にくっついているそうな。

「なさそうかなあ」

 部屋の中にあるのはこの書類棚だけに見える。ファイルを戻して、別のファイルをまた取り出す。

 新聞のスクラップ。細かく、ついでに色褪せもしてしまった紙面に平良は眉を寄せながらじっと目を凝らして、

「なんか宗教とか書いてある。関係なさそうかな」

「いやいやいやいや」「どう見ても重要ヒントだろ!」「何教って書いてある?」「目星成功してるのにアイディア自動失敗やめて」

 ファイルを戻そうとしたところに総ツッコミを食らって、仕方なく平良はその中身を読み上げる。宗教の名前をしつこく訊かれるので、いいのかなと思いつつそのまま読み上げてみたら、コメント欄が「あっ……」「(無言で失禁)」「ガチやんけ!」「この放送大丈夫? 消されない?」「これネタじゃないのか? いくらなんでもマジじゃなかったらその一線越せないだろ」「ここに来てマジで怖くなってきた 本当に監禁されてんの?」と埋まっていく。

 どんな事件がファイリングされていたかも訊かれたので、平良は答える。

 殺人殺人殺人行方不明殺人死体遺棄行方不明殺人殺人殺人殺人。

「ちびり散らかしてる」「ここはたのしいパチワ劇場 第二回・真夏のドキドキホラー編」「ドキドキするどころか心停止しちゃうんですけど・・・」「めっちゃ楽しくなってきた」「これなら鼻からラーメン啜るチャレンジの方がよかったよ・・・」「トレンド入りしててワロタ この配信アカウント終わるでしょ」「BANされる前に脱出させなくちゃ……」

 ついでにもうひとつ平良はファイルを手に取る。一番中身の詰まったそれを開くと、知らない文字で何かがつらつら書いてある。冊子に無理やり穴を開けたようで、表紙がついていた。それすら読めなかったけれど、ぱらぱらと捲ってみるうちに中の図表に目が止まる。

 水槽の絵だ。

 撮影できないか、というコメントがあり、教わりながら平良は撮影に成功する。そのページだけ。後は蛇の絵も描かれていたけれど、なんでもそれがさっきの新聞に載っていた宗教が崇めている神の姿らしい。

 撮影した写真はリスナーが何人か協力して解読してくれるそうなので、とりあえずこの場で調べるものはなくなった。残念ながら、ここにも住所の手がかりになるものはなさそうだ。

 階段の前を通って、次の部屋へ進む。地下室扉の左側にある扉。

 また開く。

 キッチンに見えた。

 コンロがあって、冷蔵庫も、電子レンジもある。今までの部屋と違って、埃が積もっていない。真っ白に塗装された金属のゴミバケツがあって、蓋を開いてみるとまだ腐っていない生ゴミがいくらか捨てられている。

 普段の平良の食事はここで作られていたらしい、とリスナーたちは気が付いた。平良は言われるまで気付けなかったし、言われてからもよくその理屈がわからない。食べ物は放っておくと腐るとか、そういう生活上の問題はすべて平良にとってリアルに感じられることではない。

 ついでに隅っこにバスケットがあって、衣類が畳んで置かれている。その横には真新しい靴。

 コメント欄が揉めに揉めた。履いた方がいい派と、絶対に履いちゃダメだ派に分かれて。

 履いちゃダメだ派の言うことはわかりやすい。住所を取得したら警察が来るまで待機しなくちゃいけないのだから、「ひらら」が脱出していたというのがわかるような手がかりを残すべきではない、という考え方である。

 一方で履いた方がいい派の考えにも一理あった。もう書斎部屋で手がかりが得られなかった以上、自力で脱出することも視野に入れた方がいい。そのためには足の怪我などもってのほかだし、今の内に履いておいた方がいい、という考え方。

 喧々諤々。「ひらら」の体力で逃げ切れるわけがないだろう。いやそれはそうだがだからと言って他に手もないだろう。そこを考えるのがリスナーの役目なんじゃないのか。お前はいつまでゲームのつもりでいるんだよネット軍師くん。うるせえ自称リアリスト一生現実的に考えてろ。

「えー。靴履きたい! 全然履いたことないんだもん。ダメ?」

 満場一致でよくなった。

 靴のサイズはぴったり。靴にサイズがあるとは思っていない平良はそれに疑問を覚えないし、リスナーたちは気付かない。

 開けられる部屋はすべて開けた。

 もう一度物置部屋へ。今度は、ブルーシートを剥がしてみた。

 汚らしい空っぽの水槽がいくつも置かれている。

 洗ったような形跡はあるが、灰緑の色が染みついたまま落ちていない。どう見てもそれは平良が毎日かき混ぜているのと同じサイズのものだった。

 何が入っていたのだろう、と思わないでもなかったが、それより重要なことがある。シートを剥がしたおかげで、部屋の奥が見えるようになった。そうしたら、見つかった。

 キーボックス。

「あったよ~!」

「おおおおおお」「888888」「あんまり大きい声出さないで…」「これはサクサク探索」「有能」

 鍵は3つ入っていた。どれかひとつは出口に続いているだろう、ということで物置を出て両開きの戸のある廊下に移動する。

 その途中、平良は好奇心で手前の部屋を通りすぎるときに鍵を差し込んでみた。

 開いた。

「わっ、臭いっ!」

「ガス?」「口押さえて!」「いやこれ死体とかなんじゃ……」

 当たらずとも遠からずだった。あまりの臭いに平良は即座に扉を閉じてしまったけれど、その隙間からわずかな光が差したときに見えた光景は真っ赤。

 人によっては、何の臭いだったのか気付けたのかもしれない。

 が、もう平良は好奇心を暴走させることはなかった。素直に凝りて、大扉にまっすぐに向かう。リスナーたちの興味も置き去りにして。

 扉の錠に、鍵を差し込む。1つ目、2つ目で開いた。腕が下がるような重さのそれをゆっくりと床に置く。扉に手をかけて力を込めて、それだけじゃ開かなかったから身体の向きを変えて、背中を預けてぐっと足を踏ん張る。

 ぎぎぎ、と錆びつくような音がして扉が開く。

 外だ。

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