神さまは何も言わない 3/7



 何となく自分は変な人らしいな、ということは配信を通してわかりつつあった。

 生まれたときから、家の中で育てられてきた。これがおかしいというのは、配信で「靴の存在を9歳になるまで知らなかった」とぽろっと口にしたときにコメントに総ツッコミを食らってわかった。

 それから、学校にも行ったことがなかった。最初のころインターネットで目にするものは全部「学園」と名のついたファンタジー世界での出来事なんだと思っていた。これがおかしいというのは、「みんなそんなに学校生活想像できるのすごくない?」という言葉を発端にしてコメント欄が困惑し始めたのをきっかけに気が付いた。

 地球が丸いだとか、人間は千人以上もいるだとか、宇宙っていうものがあるだとか、海というのも実在するだとか、自分が使っているのとは違う言葉があるだとか、そういうことも全部、インターネットで配信を始めてから知った。

 たぶん、こういうのは全部おかしいのだろうな、とそろそろ気が付いている。

 そして今日、インターネットで出会う人たちの中では抜群に優しいと平良が勝手に思っている「はてな」と「ヨキ」のふたりすらちょっとびっくりしていたのを見て、とうとう決めた。

 変なところを全部洗い出してみようと、そう決めた。



『世間知らず脱却!~リスナーのみんなが私の疑問に全部答える配信~』

「無理すぎる」「ゆるして」「人間には実は限界っていうのがあって……」「え、人間には限界っていうのがあるの?」「ただでさえ地獄が約束されてるのにコメ欄で模擬地獄展開しようとするのやめろ」

 時刻はちょうど正午。いちばん余裕がある時間帯。

 配信開始。

「こんにちは~。みんな聞こえてる~?」

「はじまた」「こん~」「聞こえてます」「じごくのはじまり」「音もうちょっと大きい方がいいかも」

「え、ほんと? じゃあちょっと大きくするね。このへん、なんか毎回わかんないなあ……」

 コメントで指摘されたとおりマイクのボリュームを上げて、

「おっけー? おっけーね。じゃあ早速やっていこうか、第1問!」

「クイズ形式なのか……」「罰ゲームはありますか?」「リスナーは全知全能だからな」「ほんと毎回前置きないの笑っちゃう」「ボケ老人特有の急アクセルを使いこなす女」

「人って殺しちゃいけないの?」

「!?」「怖い怖い怖い怖い」「そこから?」「サイコすぎる」「哲学かもしれない」「小学校の道徳かな?」「いけません」「場合による」「法律で禁じられてるからダメ」

 ううん、と平良はコメント欄を見ながら唸る。色々な意見がばーっと来てよくわからない。

「なんかみんな違うこと言ってない? 嘘吐いてる?」

「嘘ではない」「難しい問題だから本当に時と場合による」「いや殺人のいい悪いに時も場合もないだろ 全部悪いわ」「なんでそもそもそれを疑問に思ったんですかね……」

「え、なんでって。ほら、なんかこの間あの、ミステリーみたいなゲームやったでしょ。謎解きのやつ。あれで人殺した人ってすごく責められてたけどさ、今はてなちゃんとかとやってるあの人殺しゲームだと人殺すと褒められるじゃん? なんでなのかなーって」

「そこがわかってなかったのか・・・」「これホラー配信?」「なんかすごく難しい問題な気がしてきた ドローンで戦争するみたいな」「絶対そこまで考えてないゾ」「謎解きはできるのに謎を解く意味はわかってなかったのか……」「これサイコパステストみたいな回?」「世間知らずってすごいなあ」「人殺しゲームって認識に草 デスゲームか?」

 待って待って、とものすごい勢いで流れ始めるコメント欄に置いていかれないように、平良は必死に画面に食いつく。そしてやがてどうやっても追いつけないくらいコメントが溜まってしまったので、もう仕方ないと気を取り直して、

「はいかいいえで答えてもらおう! 『人は殺してもいい』! はい、いいえ!?」

「いいえ」「いいえ」「いいえ」「場合によってははい」「はい」「いいえ」「いいえ」「いいえ」「これ試されてるの俺たちの倫理観だろ」「究極的にははい」「はい 死刑だってあるし」「いいえ」「絶対ダメ」「こんなところで聞かないでちゃんと倫理学の本とか読んだ方がよさそう」

「えー、全然一致してないじゃん。みんなの方が世間知らずなんじゃないの?」

「草」「その発想はなかった」「確かに・・・俺たちも世間のこと何も知らんのかもしれんな」「Vなんて見てるの社会不適合者だけなんだよなあ」「お前だけだぞ」

「思想に関する部分は何とも言えん。百人が百人違う答えを持ってると思うし」「ひららの配信見てるとソクラテスになる」

 あんまり難しいことは訊いちゃダメらしい、と平良はわかった。みんな普段散々偉そうなことを言ってくるからよっぽど頭に自信があるんだと思っていたけれど、そうでもないらしい。

 じゃあ、とあらかじめ作っておいたメモ帳を参考にして、

「特に結婚してる人に質問なんだけど、水槽ってこれ何のためにあるの?」

「?」「スイソウって水槽のこと?」「水槽……?」「何かの隠語?」

「え、水槽って水槽だけど。大きいあの、濁った液体が入ってるやつ。もしかしてみんなのは濁ってない?」

「いや水槽はわかる 結婚との関係がわからん」「水槽は普通魚とかを飼うためだと思いますけど・・・」「何か飼ってるの?」

「え、わかんない。中身見たことないもん。もう2年くらいかき回してるんだけど、何のためにあるのかなって」

「わからん…」「なにこれ」「ちょっと確認したいんだけど、ひららはその水槽のことどういうものだって認識してるの? 自分で当たり前だと思ってるところ含めて説明してほしい」

「どういうものって……。結婚したら、部屋に入れられるでしょ? で、結婚先の人から毎日かき混ぜるようにって言って水槽と棒渡されるでしょ? それが……ああ、そっか。みんな男の子だから知らないのか。女の子は結婚するとそうなるんだよ」

「なりませんけど・・・」「どういうこと?」「闇深」「闇っていうか事件の臭いがするんですけど・・・」「なんか部屋っていうのも怖いんだけど 監禁されてない?」

「かんきん?」

「こわい」「この間のミステリーゲームであったでしょ、部屋から出られなくされるやつ」

 む、と平良の口が止まる。確かにこの間やったゲームでそんなシーンがあった。なんでこんなにこのキャラクターは焦ってるんだろう、と思ったシーン。

「別に手錠はついてないよ」

「手錠”は”」「家から最後に出たのいつ?」

「え、結婚してこの家に来るときだから……、2年くらい前?」

「・・・」「・・・・・・・・」「…・……・・」「…………」「ひえって声出た」「事件だろこれ」「令和未解決事件入り記念カキコ」「警察に行こう、な!」「これネタでやってる? そうじゃなかったらマジで警察に通報した方がいいだろ」「普通に怖いんだけど 設定にしてももうちょっとわかりやすくやってほしい」「普通に考えりゃネタだろ 普段の言動がアレだからわかりにくいっていうのは同意するけど」「ヨキかはてな呼んでほしい」「わかる 安心したい」

「え、呼ぶ?」

 最近は自分の配信に人を呼ぶ抵抗が薄くなってきた。グループ通話で慣れたからかもしれない。一緒にゲームをやったりするのだから、一緒にお喋りする配信くらいしたっていいだろう。

 名前をクリックすると、すぐに繋がった。「もしもーし」と明るい声がして、

「ひららちゃん? どした?」

「あ、今大丈夫?」

「いいよー。ご飯食べて暇になったところだから」

「よかった。いま配信しててー。みんなはてなちゃん呼んでほしいっていうから」

 うえっ!?と通話の向こうで慌てる音がした。コメント欄が「かわいい」で埋まる。

「ちょ、ちょっと待って。全然配信モードじゃなかった。何、何の配信してるの? ちょっと待っていまパソコンの方で……ぅゎ」

 絶句する声。平良にはその声の理由がわからなかったが、リスナーにはお見通しだったらしく「いま配信タイトル見ましたね……」「一 本 釣 り」「welcome to hell」「はてなちゃん配信外でも普通に性格良さそうでワロタ」「じゃ、俺たちは見てるから……」

 ええと、とはてなは戸惑いがちな声で、

「あれ? もしかしてなんかわたし、ヘルプで呼ばれた?」

「え、そうなの?」

「そうだよ」「大正解」「通訳頼む」「なんか設定なのかどうなのかわからなくて不安になっちゃった」「通報案件かどうか判断頼む」

「つ、通報!?」

「はてな」が大きく声を上げる。なんでそんな話になってるの、とコメント欄を確認しようとして、けれどその前に平良がこういうことを言った。


「通報っていえばさ、警察って実在するの?」


 配信は過去最長の5時間に及んだ。

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