神さまは何も言わない 1/7
またなんかマズいこと言っちゃったらしいな、と
3人でゲーム配信をしているときのことだった。平良は「パッチワーク・アソート」というバーチャル配信グループで「ひらら」というキャラクターを演じている。同じグループに所属する「はてな」と「ヨキ」のふたりが最近多めにコラボ配信をするようになって、その日はそれが羨ましいからと一緒に遊んでもらっていて、そのときのこと。
「Desired Land」というゲームをやっていた。
平良のざっくりした認識としては、銃を撃って相手を倒す爽快人殺しゲーム。もっとも「はてな」や「ヨキ」がやるみたいには、どういうわけか自分のキャラクターは動いてくれないけれど。ひょっとしたら課金しないとうまく動かせないようになっているのかもしれない。
「はてな」と「ヨキ」ががんばってフォローしてくれるのも虚しくあっさりこの試合でも即死して、時間を持て余していたからコメント欄を読んだり、それに反応したりしていた。だからこうして場が凍っているのは、たぶんその中で自分の発言がヤバいところに触れてしまったから。
自分に常識がないということを、平良は「パッチワーク・アソート」での活動を通して理解し始めている。
ええと、と「はてな」が言った。
「そ、そうだね。まあ、そういうこともあるよね」
ついさっき何を言ったのか、平良は思い出そうとしている。何気ないぼんやりした雑談のつもりでいたからなかなか鮮明には出てこない。でもたぶん、こんな感じだった。
「はてな」と「ヨキ」が上手く連携して敵をやっつけた。それに対するコメントがばーっと流れてきたので、素直にうんうん頷いていた。「すごい!」と見れば「すごいよねー」と相槌を打ったし「このふたり上達速いよね」と来れば「私もそのうち上手くなるからね!」と返したし「息ぴったりすぎる 夫婦か?」と流れれば「え、結婚相手のことって全然わからなくない?」と、
これか。
「え、夫婦ってそんなにわかりあえるもの?」
「…………」
「…………」
「はてな」も「ヨキ」も無言でかちゃかちゃゲームを続けるので、
「え、どう? よっきー。どうなの? そっちが普通?」
「おいなんで俺を名指した」
「いや、なんとなく」
ふふ、と「はてな」の笑う声。くっそ、と「ヨキ」は恨めし気な声を出して、
「知らん知らん。俺は結婚したことがないから夫婦がどうとかはわかりませーん。はい、この話終わり」
「え、ないの?」
「ないわ!」
「へえー。そんな人いるんだね。私は結婚してもわかんないなあ。結婚した相手の人より、もうはてなちゃんとかヨキくんの方が考えてることとかわかる気がする。もはやね」
「はてな」と「ヨキ」のキャラが同時に死んだ。
リザルト画面が表示されて、あー!と平良は大きく声を上げる。
「今の惜しかったねー。もうちょっとだったのに」
「……あの、はてなさん。何かひららさんに訊きたいことがあるのでは?」
「ちょっと。わたしに押しつけようとしないでよ」
「え、何々?」
異様な雰囲気が流れ始めたなあ、とそのことばかりは何となくわかる。平良も配信を始めてからそれなりの時間が経って、そのおかげで。
コメント欄を見る。「結婚……?」「なんか爆弾発言が聞こえたんですが」「ガチ恋勢に対する容赦がなさすぎる」「このグループ定期的にファン厳選してくるな」「ヨキが悪い」「ヨキって人が一番悪いって本当ですか!?」「またヨキって人が何かしたんですか!?」「ヨキって人がまた人の味覚破壊してるんですか!?」「ヨキ、俺じゃダメか?」
待て待て待て待て、と「ヨキ」がコメントに突っ込みを入れる。今日の配信は3人それぞれじゃなく、「はてな」のアカウントからまとめてしているから、見ているコメント欄は同じだった。
「また私、何か変なこと言っちゃった?」
と平良が訊けば、「はてな」はうーん、と困ったような声を出す。コメントは加速して、
「出たわね お得意のが」「結婚自体は普通のことだから・・・」「ひららちゃんマジでどんな生活してるんだ」「オタクの常識で測るな」「たまに人間界の常識も怪しいことがあるんだよなあ……」「結婚ってどんなやつだと思ってる?」
「どんなやつって、」
最後のコメントを平良は拾って、
「神様に決められるやつでしょ」
「草」「ひららの闇は深い」「ガチのやつ出てきて泣いちゃった」「世間知らずのお嬢様って設定は完璧に守れてるから……」「ロールプレイ!これはロールプレイです!」「一体何ルフの神を崇めてるんだ……」
「え、神様って種類があるの?」
「はいこの話終わり!!! 終わりです!!! 終了!!!!!!」
大声を出した「ヨキ」に、わ、と平良は驚いて、
「どしたの。急に」
「いやこっちの台詞だわ! この話は終わり! 次の試合行くぞ!! な、リスナー!!」
「せやな」「切り替えていく」「急に常識人ぶり始めたから風邪引いた」「いや待って結婚の話ちゃんと聞きたい」「こいついつも人のフォローしてんな 人間の鑑か?」「相手はどんな人?」
「え、どんな人って言ってもほとんど喋ったことないし、」
「ひららちゃーん。ほら、スタートボタン押して~」
「あ、ごめんね」
「はてな」に急かされて、平良は試合開始のボタンを押す。ふたつ以上のことを並行して進められるような器用なタイプじゃないから、こうなればもうコメントを拾う余裕はない。
ほっ、と「はてな」と「ヨキ」が安堵の息を吐く。
結局何が悪かったのか、あまり平良はわかっていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます