月は、ときどきひとりで 2/7
思えばアイドル活動の始まり自体も母の思いつきだったのかもしれない。
果奈が小さいころ、世は大アイドル時代を迎えていて、テレビで見るバラエティ番組のほとんどすべてにアイドルが映っていたし、児童向けアニメも主人公がトップアイドルを目指すものばかりで、運動会では薬局でもコンビニでも耳が腐るほど聴かされたような大ヒットソングに合わせて軍国主義のなれの果てみたいなおよそダンスとは言い難い集団行動を披露する羽目になっていた。
ちょうど年末のことだった。
母が忘年会に一発芸をやるしかないなんて言って、運動会を終えてしばらくした果奈に教えを乞いてきた。とりあえず流行りの曲に合わせて踊っとけ、というのが母の職場の伝統らしく、ちょうどその曲が果奈の運動会の曲とダブっていたのだ。
当時11歳。40歳も近くなる母が飲み屋で同僚たちとともに一発芸と称したアイドルダンスを披露する姿を想像するとちょっと乾いた笑いも出そうになる年ごろだったが、別に反抗期というわけでもなかったので、しょうがないなあと果奈は母にそのダンスの何たるかを手取り足取りどころか指先の伸ばし方にいたるまで懇切丁寧に教えてやった。
無事忘年会を終えて帰ってきた母はこう言った。
「あんた、アイドル向いてんじゃない? 他の人たちのも見てきたけど、あんたのが一番上手かったわ」
実際、それは真実だったのだと思う。
その当時、果奈のクラスではアイドルオーディションに履歴書を応募するのが流行っていた。大抵それはアニメとか漫画の影響でふざけているだけの、どうせ通るわけないだろうという前提で行われる肝試しみたいなもので、書類選考を通過した時点で学年中で噂されるような大事件にまで発展するようなものだったのだけれど、それと同じく軽いノリで応募してみた果奈はあれよあれよという間に最終面接を通過して、気付けばステージの上に立っていた。
まだメジャーデビューをしていない地下アイドルグループだったけれど、間違いなく果奈はアイドルになっていたのである。
果奈は自分のことを、歌もダンスもルックスも10人いたら上から2番目くらいかな、と評価している。しかしステージの上にはアイドルしかいないのだ。10人いようが100人いようが上から1番になるような人間ばかりがこぞって集まる戦場で、まあそんなに長持ちはしないだろうなと夢のないまま活動を続け、小学校を卒業し、中学校を卒業し、気付けば高校に入学していてふと思った。
なんか普通に暮らしていけそうじゃない?
地下アイドルも戦国時代みたいなもので、長年続けているといくらかの興亡を目にする。グループが潰れて別のところに引き抜かれるようなことを何度か繰り返すうち、転職を繰り返すことで自分の適正年収を完全に把握するサラリーマンのように、果奈は自分の能力を理解することになる。
超能力があった。
どこのグループに行っても「ステージはそれなりだけど対面が神対応」「MCも上手い」とかファンから言われるうえ、運営サイドからもやたらに企画のアイディアを求められるから何となく変だとは思っていたが、ある日面と向かってファンから言われたことで、果奈はようやくそれを自覚した。
「はてなちゃんは、いつも僕たちが欲しい言葉をくれるよね。なんていうか……僕らのこと考えてくれてるのがわかって、すごくうれしいよ」
そんなの当たり前のことじゃないのか、と果奈は口に出しかけた。
普通は目の前に人間が立ったら、褒めてほしがってる部分が明るく光って、触れないでほしい部分は暗く翳って、話をしているうちにどんな言葉をかけてほしいかが勝手に瞼の裏に文字として浮かんでくるものなんじゃないのか。
もちろん、当たり前なわけがない。
どうりでしばらく生きてきて妙に話の通じない場面があると思った。
超能力を自覚してからの果奈はすさまじかった。こんなアイドルらしい武器を使わないわけがない。一度でも握手会に来た人間はそのままがっちりホールドして永久に放流しない。グループが変わるたびにごっそりファンがついてきて、いつの間にやらメジャーデビュー寸前のグループに籍を置いてなおトップクラスの人気を誇るようになっていた。
そして激化するアイドル活動と学業を天秤にかけて、アイドルを取った。
高校中退。
自分で決めたことだから、イジメもストーカーも半年くらいは我慢した。
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