少年と亡霊妃と魔王の遺品
「来たか」
口の端に葉巻を噛み、如何にも不機嫌だと隠す気配の無いサナルカが、マルコ達が部屋に入るやいなや、新たな便箋を二つ投げ渡す。
「オークションの招待状だ。明日の所定時間に、その招待状に書いてある場所に向かえ」
『そんなものはどうでもよい。《魔王の遺品》の在処のみ喋れ』
「なら、お前の主が持つ招待状を見ろ」
言われて、マルコは便箋を開き、中にある招待状を確認する。中には簡潔にオークションの会場と開始予定時刻、そして如何にも偽名だと分かる主催者の名前が記されていた。
「ハワード・レリックス……、学園長に聞き覚えは?」
「人間の名前を、私がいちいち覚えていると思うか?」
質問に質問で返されたが、予想の範囲内だ。レイナも元より、サナルカが人間の名前を覚えているとは思っていない。
しかし、不思議に思ったのは、この招待状が何故に、サナルカの元に届いて、何故に二通あるのかという事だ。
「宛先の部分を、少し魔力を籠めて擦ってみろ」
サナルカの言う通りに、レイナが指先に魔力を籠めて、便箋の宛先の部分を擦る。
マルコは少し苦戦していたが、レイナ様子から強い魔力は必要無いと分かると、すぐに出来た。
そして、その結果に二人は驚愕し、サナルカの舌打ちを聞く。
「これは」
「僕達の名前……?」
レイナはハーフストン家の令嬢であり、まだ招待状が届く事は理解出来る。しかし、マルコは平民であり、オークションに招待される様な名も、財貨も持ち合わせていない。
仮に呼ばれても、会場の壁に背中を引っ付けて立っているしか、マルコにはやる事ないのだ。
『耳長、どういう事じゃ?』
「つまりだ、このオークションの元締めは、聖天教の連中だ」
「聖天教が? ですが、学園長。〝魔王の遺品〟というからには、その品は魔界所有の物なのでは?」
レイナの言葉に、サナルカは苛立たしさを隠さず、大量の紫煙を吐き出し、モノクルの奥の瞳を細める。
「あの大戦に決着が着き、莫迦共が魔界に入った。さあ、レイナ・ハーフストン。戦勝国の蛮族が敗戦国にする事は何だ?」
サナルカの問いに、レイナは数瞬の間、戸惑う様にマルコを見て、ややあってはっきりと答えた。
「略奪と虐殺です」
「正解だ。特に、前回の様に宗教絡みだと、その苛烈さと凄惨さはおぞましいの一言に尽きる」
サナルカが吐き捨てる様に言う。その顔には、筆舌に尽くしがたい怒りと嫌悪感が満ちていた。
「私は、あの
『幾つかの部族は、妾が匿っておったが、人は世紀が変わろうとも変わらぬものじゃな』
「ヒメ、魔界に居たの?」
『当時は、あちこち彷徨いておったからの。ちと、縁が出来て手を貸した事があるのじゃ』
サナルカとテレスティアの溜め息が、広くない部屋に落ちる。歴史好きのレイナや、英雄譚や冒険活劇が好きなマルコにとって、気になる話が山とあったが、今はそれよりも、《魔王の遺品》と呼ばれる品の事だ。
「……話を戻す。《魔王の遺品》だが、正確な数は不明だ。中にはただの日用品もある。というより、今発見されている遺品は、ほぼ全てそうだ」
「学園長、ほぼって……」
「勘が良いなポートランド。だが、数少ない中には、そこの亡霊妃が、この間引っ張り出してきたのと同等の物が存在している」
マルコの所感として、テレスティアが今まで引き出してきた品々は、どう見積もっても、現代の人界に存在していいものではなかった。
そして、《魔王の遺品》の中には、あれらと同格の物が存在しているという。
何の冗談だと思う。
「ポートランド、私は〝条約〟で魔界絡みの案件に、直接関われん」
「えーと、つまり……?」
「指名された以上、私達にその気は無くても、あっちから関わってくるのよ」
『主様、今回ばかりは妾からも頼む』
一瞬、逃げようかとも考えたが、逃げても結局は関わる事になりそうだ。
それに、珍しくテレスティアから望んできた。いつもなら、マルコに少しでも危険のある事なら、何がなんでも遠ざけようとしていたのに、だ。
諦めにも似た感情を、溜め息に変えて吐き出し、マルコは言葉を作った。
「ヒメ、ヒメがやる気なのは、昔の縁ってやつ?」
『うむ、詳しくは語れぬが、少々縁がある』
「その縁は大事?」
『……この身となって、初めて友と呼べる者との縁なのじゃ』
「そっか」
テレスティアの過去を、マルコは知らない。これからも、語られる事はないかもしれない。
無理に聞き出そうとは考えない。テレスティアが語りたくないなら、マルコはそれでもいいと思っている。
その中には、きっと生半可な気持ちで触れてはいけないものがある。
マルコには、まだその覚悟は無い。
だから
「ヒメ、いつか。……いつか聞かせて、ヒメの話を」
『うむ、いつか必ず聞かせよう』
「決まったか」
「はい」
「なら、手順を確認する。お前達は当日に、会場へ向かいオークションに参加する。そこで出品される《魔王の遺品》を落札しろ。金なら駄賃付きで出してやる」
『その必要は無い』
サナルカが金貨を用意しようとした時、テレスティアがそれを言葉で止めた。
サナルカは、テレスティアに視線を向けると、彼女は手に一つの鍵を持っていた。
「お前」
『此度の事、妾の我が儘で主様を巻き込む形となって、その上で貴様の手まで借りるのでは、流石に面目が立たぬ。故に、そのおーくしょん、妾の財で競り落としてやろう』
言って、マルコの側に寄り、また一つ革袋をマルコとレイナに手渡す。
『主様、イザベラの娘よ。もし、おーくしょんで欲しいものがあれば、遠慮なく妾に言うがよいぞ。何だって、妾が競り落としてみせよう』
「そんな事出来るの?」
「あー、ヒメ? やり過ぎはダメだからね?」
レイナがマルコを見る。その視線も仕方なしと、マルコがサナルカを見れば、サナルカもマルコと似た表情をしていた。
つまり、サナルカも知っているのだ。人界では最も貴重な鉱物である冥深銀、その高純度の延べ棒を、さも当然の事とマルコに手渡してくる財力を。
「亡霊妃、ほどほどにしてやれ」
『貴様の指図は受けぬ』
とりあえず、マルコはまだ見ぬオークション会場と、その主催者であるハワード・レリックスに対し、心の中で合掌した。
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