第5話「グリズリー」
わくわくが止まらない。出社しても業務に手が付かない。湧き上がるエネルギーは例え今この体に宿っていなくとも、その痕跡はありありとこの体に残されている。走りたい。動き回りたい。転がり回りたい。叫んでみたい。力が漲ってくる感じが溜まらない。仕事をしている場合ではない。いかにして熊としての自分が過ごせる場所を生み出すかを模索しなければならない。
桃太郎というお伽噺に出てくるおじいさんとおばあさんの桃を食べて若返ったときの感覚が良くわかる。生まれてから味わったこともないほどの強大な力を手に入れたら、何が何でも試したくなる。己を律するのも難しい程の力を手に入れたらそれはたまらなく試したくなる。
桃太郎の場合は桃が禁断の果実だが、私の場合は月が禁断の物体ということになるのだろうか。月と熊にどういった関係があるのかはわからない。鏡に映り込んだ熊の種類を図鑑で調べてみたところ、グリズリーという種類の熊であることがわかった。別名はハイイログマと言う。この熊は日本には存在せず、北アメリカに生息している。北海道に生息するエゾヒグマの近縁ではあるが、グリズリーの方がわずかに大きい。なぜ日本固有の熊にならないのかも謎だ。
山に行こう。そんな考えが浮かぶ。誰も来ないような山奥でひっそりと熊になれば、誰にも気付かれずに思う存分熊としての肉体を楽しむことができる。夜じゅう走り回ってまた元に戻り、何食わぬ顔で日常の生活に戻れば良い。人間の姿と熊の姿を使い分ければ何も問題はない。誰かに危害を加えない以上は、誰からも責められるいわれはない。次の月曜日までに大き目のテントを買っておこう。有休を取る準備もして、山に篭ろう。
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