ゾンビ共同参画社会の偏見

ちびまるフォイ

当事者意識の差

かつて襲ったゾンビウイルスは収束した。


ゾンビの駆逐が不可能という決断後、

無害化する薬が地球上にまかれることとなる。


地球上のゾンビはすべて無害化され、

人間と同様に自我をもち、普通に暮らすようになった。


「やーいやーい! ゾンビゾンビ~~!」

「お前臭いんだよ! 学校来んな!」

「うわぁ! 触っちゃった! 呪われたーー」


「お前らなにしてる!!」


仕事帰りの公園でゾンビの女の子を、

同じクラスの男子がいじめていた。


「やっべ! 田中先生だ!」

「逃げろ!!」


男児たちはそそくさと逃げてしまった。


「大丈夫かい?」


「先生……私、臭いのかな……」


ゾンビには腐臭が避けられない。


「そんなこと……ないよ。気にすることじゃない」


「でも男子が私を臭いって……」


「何言ってるんだい。汗をかいた男子なんてもっと臭いに決まってる」


「先生それじゃ私臭いってことに……」

「臭くないけどね!! 君は、臭くないけどね!!!」


なんとかフォローして無事に家まで送り届けた。

自宅に戻ると学校で抑えていた疲れがどっとのしかかる。


「つ、疲れた……」


「あなた大丈夫? ゾンビみたいな顔になってるわ」


「ゾンビにもなるよ。うちのクラスの女の子が

 ゾンビだってみんなにからかわれているみたいなんだ」


「大問題じゃない」


「僕としてもいじめを見つけたときは注意するが、

 目の届かない場所で隠れてなにかされていると思うと……」


「あなたもゾンビならいいのにね」

「え!? 君、そういうフェチだったの!?」


「そうじゃない。40超えの男女でフェチの話はしないわよ。

 担任がゾンビだったらからかうこともないでしょうって話」


「なんで?」


「ゾンビがいるってことが当たり前になるでしょう。

 ゾンビ慣れしてしまえばいじめる理由もなくなるんじゃない?」


「……そうかも」


男はさっそくゾンビで教員を目指している人を担任にした。

この強引な人事には職員室もPTAも言葉を失った。


「ゾンビが先生って……」


教員からは白い目。


「子どもたちが心配だわ。襲わないのよね」


PTAは爆弾でも見るかのような目。

両方の反応を見て体の中で熱い血がわいてくる。


「みなさん、ゾンビが教員を取ることになんの不満があるんですか!」


「だって……ねぇ?」


「ゾンビ参画機会均等法だってあるんですよ!

 すでに社会はゾンビを受け入れる場になっているんです!」


「それは……もっとゾンビが社会に浸透してからでも……」


「それはいつですか! 10年後? 20年後?

 そうなるために、今、僕たちが積極的になる必要があるんです!

 

 ゾンビだって普通に社会へ入れるということを、

 子どもたちへ伝えるためにもここで採用する必要があるんです!!」


周りの人達は「ゾンビに金でも積まれたのか」と目で訴えていた。


「僕は……男だからできない仕事があったり、

 女だからこうしなければいけないと言われたり

 ゾンビだから常に虐げられる世界であってはいけないのです!」


実際には単にゾンビ理由でいじめられている自分のクラスを、

ゾンビ担任に任せることでいじめの回避&解決をはかる。

という、打算極まりない理由であることは誰も見抜けなかった。


男の演説に感動した人たちはすっかり差別的な心を入れ替えた。


その日、家に帰ると男はごきげんだった。


「あなた、どうしたの? 珍しく鼻歌なんて」


「君の言ったとおりだったよ。

 ゾンビ担任にしたらいじめもなくなったんだ。

 担任という重荷からも解放されてハッピーさ」


「そう。あと今週の土曜日なんだけど空けておいてね」

「なにかあったか?」


「娘が来るのよ」


「そうか。今回の武勇伝をきかせたら、

 娘もきっと父親を誇ってくれるだろうな」


「あなた、そういうの絶対やめてね。

 男のそういう過去の武勇伝話ってクソつまらないから」


週末、そわそわしながら夫婦は娘の到着を待った。

都会に出た娘が久方ぶりに戻るのが待ち遠しかった。


「ただいまーー」


「きた!! きたぞ!!」

「はいはい。私が行くのね」


"別に楽しみじゃなかった"風味を出すために男は出迎えなかった。

心はドキドキなのにリビングで新聞を広げながら威厳たっぷりに座っていた。


「お父さん、ただいま」


「おう。帰ったのか」


今気づいた風に新聞から顔をあげる。

そこには娘とゾンビが立っていた。


「どうもっす☆」

「私達、結婚するの」


「けっこん!?」


驚いた拍子に新聞がまっぷたつに裂けた。


「け、けっこんって……ゾンビと!? ゾンビとか!?」


「そうよ」


「なんで!? どうして!?」


「彼、ゾンビなのにどこでも物怖じしないのよ。

 そういうワイルドでタフなところが素敵なの」


「オレ、ゾンビだからって差別するやつマジNGなんでぇ。

 ゾンビを受け入れない環境も自分で変えていく? みたいな」


「お、おお……そうだな……」


「とりま、今日は挨拶だけなんで。またお邪魔しまっす☆」


二人が帰った後、父親は尋常ではない汗をかいていた。


「ぞ、ぞぞぞぞ、ゾンビ……ゾンビの……はな、はなよめ……?」


「あなた落ち着いてください。

 娘がいいと言っているんだから、それでいいじゃないですか」


「いやダメだろ! だってゾンビだぞ!!」


「あなた、ゾンビの武勇伝語るとか言ってませんでした?」


「それとこれとは話がちがうだろ!!

 もし子供でもできたらどうなるんだ!?

 ゾンビハーフになるのか!? 孫を愛せる自信ないぞ!?」


「知らないですよそんなこと」


妻は娘の意思を尊重するスタンスだった。

けれど父親は悪い方向ばかりに悩むようになった。


「もし結婚してから離婚したらどうなるんだ……。

 ゾンビバツイチで、感染するとか差別されたりして……」


父親は夜な夜な一人で考え込んだ。


脳裏にはゾンビハーフの子供を抱えながら、

感染するなどと言って仕事もさせてもらえず

家で貧しくバラの内職を営んでいる娘の姿が浮かぶ。


父親は決心した。

仮に嫌われたとしても娘の未来を守ることに。


指定された倉庫へやってくると暗がりから声が聞こえた。


「あんただな。俺らに殺しを依頼したのは。

 依頼主は誰なんだ? どこの金持ちだ?」


「いやゾンビの一般人だ」


「え? 一般?」

「そうだ。こいつを殺してほしい」


「なんでまた……」

「それ以上尋ねると殺す」


父親の目はすでに殺し屋以上に殺し屋だった。

数日後、依頼は実行された。


父親はあくまでも知らないふりを続けていたある日のこと。


「あなた、日曜日は家にいてね」


「なにかあるのか」

「娘が来るのよ」


父親には要件がわかっていた。

婚約相手の死別だろう。

すでに悲しみを癒やす金言は準備してある。


日曜日に娘はやってきた。


「ただいま……」


「おかえり、気にすることはないぞ。

 ゾンビなんてもともと死んでいるようなものだし

 死んでしまっても落ち込むことはない」


「お父さん、何言ってるの?

 てかなんでゾンビの話?」


「いや、だって婚約相手がゾンビだったろ。

 今は死んじゃってるかも知れないが」


「あんな人もう婚約なんてしてないし。

 結婚式前日に浮気してたから別れたのよ」


「え゛」


別れた後に決行されたので娘は殺されたことすら知らなかった。

意表を突かれたものの、結果的に死別で悲しむこともなくなってよかった。


「そうか! そうだったのか!

 まあ、お父さんもちょっとあの人は微妙だなぁって思ってたんだ!

 ゾンビだしな! 差別はよくないが、ゾンビと人は無理だよな!」


「でね、お父さんに今日は紹介したい人がいるの」


「は?」


遅れて玄関をまたいだのは黒髪の男だった。

なぜか鎧を着込んでいる。


「彼、異世界からこっちの世界に転生してきたんですって。

 規格外のいろんな魔法も使えるし、優しくてピュアで素敵なの!

 それに意味なくめっちゃモテるのよ!!」


その夜、緊急家族会議が開かれていたのを娘は知らない。

妻は呆れていた。


「今度はいったい何が不満なんですか?」


「お前はうちの娘が側室あつかいされていいのか!?

 あの顔はハーレム顔だぞ!? 異世界の人間へ嫁に出すのか!?」


「私達が口を出すことなんですか?

 それに今度は同じ人間じゃないですか。

 異世界出身だからってなにを決めつけるんですか?」


「そうか……そう、だよな……」


父親は深呼吸して自分を落ち着かせた。




「チート持ちでも、寝込みを襲えばあるいは……」


「あなた包丁で何する気ですか」

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