第7話「禅問答」

「空き巣がいるから、保険屋が成立しているという部分がある。もしかすると保険屋が空き巣を雇っているということはないのか。」



この質問は実際には的外れなのだが、この場においては案外、的外れではない質問だ。どこかでばれてしまったのではないかという考えが頭をよぎる。この主人はある程度保険の仕組みを理解しているようだが、保険ではなく他の部分に興味があるようにも見受けられる。もしかすると刑事か何かではないだろうか。



この3週間というもの、この物件を徹底的に張り込んでいたのだがこの主人の帰りはかなり遅く、日によっては夜中帰って来ないこともあった。担当している事件に付きっ切りで帰って来れなかったのではないかと今更ながらに想像する。身なりからしてどこかのお堅い役所勤めだと推測し、出先まで追いかけるような真似はしなかったのだが、休日を取ることもなく仕事詰めであったのでまさか決戦の日に在宅していようとは思いもしなかった。毎日がほとんど同じような繰り返しであったのでベランダの様子を確認するという手数を省いてしまった。ましてやこんな平日に在宅しているとは予測すらしなかったのだ。



しかしこんな反省をいくらしてみたところでこの状況は変わらない。どこかで諦めさせて早々に帰路につかねばならない。相手が役人であろうと刑事であろうと空き巣犯であろうと、逃げるしか残された道はないのだ。



主人から与えられたのは保険屋としても空き巣犯としても面倒な質問ではあるが、その通りだと素直に答えておく。こういうのは無駄に抵抗せずに自然に流すのが一番だ。抵抗したところでやってくるのは次のいじわるな質問であり、善悪に問いかけてくるだけの禅問答にしかならない。ありのままで受け止めて、何も考えずに流すことによって、相手も次の悪意のある質問をすぐには出せない。想像の外にある世界から言葉を引き抜き出すことはできないのだ。



しかし、今回の主人は手ごわかった。



「ここまで空き巣の犯罪のニュースを細かく手にしているくらいだから、もしかするとあなたの会社にも空き巣犯のノウハウやテクニックを少しは持ち合わせていて、それを駆使して副収入を得ている者もいるのではないか。」



私なら空き巣業を副収入源にしちゃうけどな、なんて笑いながら問いかけてくる。どうせなら保険加入者を狙えば会社から被害を出した分だけお金が下りるのだし、保険加入者から感謝されるし、良い宣伝にもなるしで特に営業の身としては良いこと尽くめではないか、なんて言われたらたまったものではない。こんな無礼な質問を初対面の保険屋に浴びせるわけがない。もしや私の本職がバレているのではないか。



顔に苦笑いを浮かべ、パンフレットだけ渡し、今回の物件を後にする。失礼な発言を浴びせられた保険屋の営業マンとしては正しい行動だろう。

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