第3話「一人」



職業柄、人と会話をすることがあまりない。一人で静かに準備をし、一人で静かにこなす。ある種の孤独との戦いが私の日常だ。



そんな戦いの日々を生きているからだろうか、無性に会話に飢えることがある。行き着けの喫茶店にもここのところ立ち寄っていない。そんなところに丁度良い会話の相手が現れたのだからこれを好都合以外の何と呼ぼう。会話の内容は何だっていい。保険商品の説明でも拝聴しようではないか。



インターフォン越しに話を聞くところによると、この青年はここ最近増加している空き巣被害に対応した保険の売り込みに来たのだと言う。特にこの地区の空き巣被害が顕著で、犯罪の手口からして同一の犯人による犯行ではないようだと言う。



同じ地区に何人も空き巣犯がいては住民もたまったものではないが、被害に会う可能性があるとわかっているのなら空き巣に隙を見せないだけの対策はするべきだ。行政が周知していないのか、それとも住民たちの注意力が散漫なのか。この手の情報は職業柄、細かくチェックしているので、そこらの住民よりは把握できているのが幸いだ。



ある程度のテクニックを持った犯人であれば、どれだけ隙のない邸宅にも侵入していくことができるし、その中から金目のものを持ち出すことだって可能だ。セキュリティ対策が万全とは言っても、所詮は人間の作ったものなのだから、人間に破れないということはない。



それにしてもどうしてこの地区でばかり犯罪が起こるというのだろう。その答えは簡単だ。この地区で同時多発的に空き巣被害にあった物件があり、そのどちらもがその犯行に気付いて通報しただけということだ。



こんなことは頻繁に起こりうるのだが、今回近所で立て続けに起こったことが偶然にも同時期に発覚したものだから、これはチャンスだとばかりに保険屋が売り込みを掛けているというだけだ。人は不安で煽られると逃げ場や救いの手を探したがる。実際にその不安の根源を見なくても、誰かが危険信号を発していると心中穏やかではいられなくなってしまう。



この青年はこの手の情報をどこまで知っているのだろうか。今回の件など目先の事実だけを頭に詰め込んだだけで売り込みに来ているのだとしたら、所詮そこまでの営業だということになるが、被害状況や少し前の犯罪状況まで遡って把握しているのだとしたら大したものだ。この営業が有能だとしたら、保険会社にしか流れていない情報を聴き込めるかもしれない。一体この青年はどれくらい営業熱心だろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る