第2話「2つの方法」

インターフォンを鳴らすと家主が応答した。



こんなはずではなかった。



ここの家主はこの3週間というもの、平日土日祝日関わらず日中は家を空けてることが多く、日によっては終日帰って来ない日もあった。ましてや今日は平日のど真ん中であって、時間は朝の10時。仕事人間だと思われた家主が在宅しているとは想定外であった。



二連続でこの仕事に成功しているので今回もすんなり仕事を終えることができると過信していた。しかし慌てることはない。こんな非常事態のために保険屋を装う準備をしてある。各種保険商品のパンフレットの実物に、保険会社の名刺、さらには社員証まで手配してあり、社外秘であるはずの対応マニュアルも読み込んである。新商品の情報もバッチリだ。



 「こんにちは、元気保険の鈴木と申します。本日は新商品の、ご案内に参りました。」慣れない雰囲気を出しながら軽い挨拶をする。この時点で大抵の場合は嫌な顔をされるので、ちょっと強引に話を引き延ばそうという姿勢を見せた後ですっと身を引けばあっさり解放される。今時、保険の訪問販売は流行らない。それでも一応、念のために、万が一の、緊急事態に備えて、保険商品を提案するだけの心構えだけはしておく。



 その万が一の、緊急事態というやつが到来した。本物の保険屋であれば追い返されて当然のこの状況で、契約の扉がわずかに開いたのだから、地に足が付かない思いで商談へと入っていくのだろうが、私の場合は本物の保険屋ではないので商談がどれだけ進んだところで何の得にもならない。それでも食いつかれたからには針が外れるまで戦わなければならない。保険屋でないことがバレた際のリスクも考えると、ある程度真摯に対応しなくてはならない。



 「この度は盗難保険をご提案したく訪問致しました。」皮肉なものである。私のような人間がいるからこそ、このような保険が世の中に出てくるのである。



 「最近、この辺りでも空き巣の被害が増えているようでして、そんな皆様をご安心させるために登場したプランとなります。」



 この辺りの口上はこの職業とも呼べぬこの職業を始める際に会得したものだ。被害者になってしまっても損が埋め合わせられるどこか、その何倍もの保証がつくという優れものだ。警察への被害届け一つあれば即日で保険金が下りるといったスピードも魅力の1つとなっている。



 大方、人間は自分だけは被害に合わないという特別な意識を持ち合わせているのでこの手の保険には興味を示さない。そうなるとこの手の保険を売り込む方法は2点に絞られる。



 ・近所の人はみんな加入していると嘘を付き不安がらせる


 ・加入することであなただけが特になると言う優越感を味わせる



 しかし今回の家主はこの2つの方法を試す前の段階で乗り気になってしまった。

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