どちら様ですか?

鷓鷺

第1話「インターフォン」

ひと仕事を終えたら一週間は休みを取ることに決めている。休息は何よりも大切だ。次の仕事の糧になる。入念に作戦を練り上げ、決戦の日にヘマをやらかさない。私の仕事で最も大切なこと、それは、事前準備だ。



 どこかの作家も言っていたが、仕事の出来は全てが事前準備にかかっていると言ってしまっても過言ではない。きちんと道を作っておけば、並大抵のことでは仕事は脱線しない。失敗する最大の要因は準備不足にある。



 私の仕事に期限らしい期限はない。その分、準備に時間を割くこともできるし、裏を返すと失敗が許されないということになる。よほど慎重な性格でない限りは務まらない役目だ。派手にやらなくても良い、とにかく堅実にやっていこう、というた心構えが大事なのだ。



 3日前がいわゆる決戦の日であり、今日は決戦の日の3日後だ。つまり休業日ど真ん中ということになる。次の仕事のことも将来のこともとにかく何も考えない。全て好きなことのために費やす。



 よく人から意外だと言われるのだが、家事をすることが私の最大の趣味なのである。溜まった洗濯物を片付け、決して広い部屋だとは言えないにしても、家中の掃除をし、自分のために料理を作る。身の回りが片付いていき、自分のために自分が動いているという実感を得られるのは家事ならではの魅力だ。仮に同居人がいたとしても、決してこの領域だけは任せない。仕事人間とみられガチなので家事は専ら同居人に押し付けるタイプだと思われがちだが、人は見かけに寄らないものだ。



 午前10時、靴磨きが一段落してさてコーヒーでも淹れようかと思った矢先にインターフォンが鳴った。



 インターフォンが鳴らされることなど滅多にない。稀にインターフォンに記録された訪問者画像を見ると1ヶ月に一度程の割合で新聞勧誘だか宗教勧誘だかのおじさんおばさんが移り込んでいることはあるが、彼らがやってくる時間は昼過ぎが相場なので、在宅中にやってきたのは今回が初めてかもしれない。それに、普段は仕事にでかけていて出られない。



 好奇心からインターフォンを覗いてみると、おどおどとしたスーツ姿の青年が移り込んでいる。大学を出たばかりくらいの年齢だろうか。大方、保険屋の新人の飛び込み営業というところだろう。ある程度の研修が終わり、さぁ現場に飛び立てと尻を叩かれてこんな朝早くから見知らぬ家々の扉を叩かされているのだと推測する。



 「どちら様ですか?」



 インターフォン越しに対応すると、どうやら予想通り保険屋のセールスマンだったようだ。名前は鈴木というらしい。良く通る声だが、表情は堅く、視線も泳いでいる。自信のなさが現れているが、経験もない人間にどうやって自信を持てば良いのかアドバイスをしろと言われても困ってしまう。

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