第32話 風雪切り裂いて

 ベヘリット中の冒険者や騎士団が総督府に集められる。

 市民も糧食、防寒具、武具といった遠征用の物資の準備のため朝から慌ただしく過ごしていた。

 そして、正午――

 全兵力の約六割が集結したと判断された時点でヨシュアはアグリッパの拡声魔術を使って演説を始める。


「危急の折、諸君らが迅速に馳せ参じてくれたこと誠に感謝する。

 我が名はヨシュア・グラン・リム・ヘレムガルド。

 新しい北面総督である」


 噂程度にベイリーズ総督が重傷を負ったため退任したことを聞いていた者たちに動揺が走る。

 長年北面を守護してきた英雄が倒れ、後釜に座ったのは北の大地にゆかりのない皇子。

 信頼しろという方が難しい。

 そんな彼らの気持ちを汲み取るかのようにヨシュアは、


「無論。私のような余所者に何が分かるか、と憤る者もいるだろう。

 当然の感情だ。

 諸君らとベイリーズ前総督との間には絆がある。

 それは単なる主従関係ではなく共に戦ってきたという戦友の絆だ。

 各々の胸に宿した民と土地への慈愛。

 それこそがこの地を救う剣であり盾となる。

 故に、私はベイリーズ前総督にはまだまだ働いていただく。

 北面総督補佐にして討伐軍の総指揮官だ。

 彼の経験と辣腕は今までと変わらず諸君らを支え、導くだろう」


 ベイリーズ閣下が指揮する立場にいるということを聞いて再び沸き起こるどよめき。

 だがそれは一瞬で収まる。

 ベイリーズ閣下が喋りだしたのだ。


「あー、今回の事態については本当に申し訳ない。

 謝って済む問題ではないことは分かっている。

 吾輩の不甲斐なさがジェラード一味の謀反を招き、そなたらを始め民に無用な血を流させた。

 この罪は死んでも償いきれん」


 謝罪から始まる閣下の演説に涙ぐむ者もいる。

 騎士はもちろん冒険者の中にも。


「されど……我が罪は部下に謀反を起こされた大馬鹿物として裁かれるべき!

 決して北面の地を陥落させた愚将としてではない!

 この戦は吾輩にとって最後の戦!

 傷ついたシャッティングヒルを修復し闖入してきた魔獣どもを駆り尽くす!

 共に戦おうぞ!!」


 これがベイリーズ閣下にとって最後の戦。

 謀反の責任を問われどのような沙汰が下されるかは浅学の私には予想すらできない。

 だが、せめて閣下のおっしゃる通り、ベイリーズ総督は北の英雄として名を残してほしい。


「……うおおおおおおおおっ!!」


 私が雄叫びを上げると堰を切ったように城内の騎士や冒険者はもちろん従者やメイドまでも声を上げる。

 凍りつくように冷たい石城に熱気が立ち込める。

 そこに涼やかながらも力強い声が響き渡る。


「北の大地に集いし猛者どもよ!

 百年、千年の先にも語り継がれる英雄譚の主役は我々である!

 心に炎を滾らせろ! 振るう刃は稲妻の如く! 猛吹雪を蹴散らし前に進め!

 身を献じ敵を打ち果たせ!

 劇烈な勝利を以ってこの地に光を照らすのだ!!」


 ヨシュアの言葉に押されるようにして士気は最高潮に高まった。


 城門が開く。

 豪雷を思わせる集団の足音が雪の大地に響き渡る。

 千人を超す大軍は騎士と冒険者で構成されている。

 見知った顔も遠目で見た顔もいる。

 めぼしい戦力どころは大体揃っている感じだ。

 これほどの大軍勢は本国といえどもそう集められるものではないはず。

 その先頭をユキが務めているのだが……またしても目を疑うようなことをしていやがる……


 大規模防護魔術を軍全体を覆うように展開することで風の抵抗をなくし寒気を遮断している。

 魔術の壁の内側は北の大地とは思えない快適な環境で草原を駆けるが如く進軍できるだろう。


「とんでもない魔術だな……常識で考えるのがバカバカしくなりそうだ」


 シャッティングヒルに向かい突き進んでいく遠征軍を総督府の城壁から眺めていた。

 あの速度ならば二日とかからずに到着するだろう。


「意外ね。こっそりついていくものだと思ったけれど」


 背後からローザが声をかけてきた。


「留守を守る者も必要だ」

「へー、ユキ様に『愛する人には帰るべき場所にいてほしい』とか言われたからじゃないの」

「……そんな恥ずかしいこと言うバカなら狼に喰われちまえばいい」

「ねーねー、ユキ様とはどうなったの?

 好きだって言った? 言われた?

 抱かれた? 抱いた?

 婚姻の約束は?」

「何もねえよ! 思い出話しただけだ」

「えええええっ!? ダメじゃん!?

 早くなんとかしてよ!

 じゃないと私がヨシュア様と寝れないじゃん!」

「知らんわ!! 私がユキとどうこうなるのとお前の下半身事情になんの関係が――」

「あ………私って言った」


 ローザは私を指差して呆けた顔をした。

 流してくれればよかったのに、おかげでちょっと照れ臭い。


「別にアイツに言われたからじゃない。

 俺と名乗り続けるのもなんだか逃げている気がして嫌になっただけだ」

「ふぅん。たった1日で馴染んじゃうものなのね。

 案外、コウも女の子らしくしたかったんじゃないの?

 お化粧したりドレスを着たり殿方と抱き合ったり」

「そんなの別にしたくない。

 別に英雄になることを諦めたり戦うことを止めたりするわけじゃないんだからな」

「えーっ、いいじゃん。

 二人で社交界デビューしようよっ!

 私たちと踊りたい殿方たちが列を作って並ぶのが目に浮かぶわ!」


 他愛もない話をしているうちに討伐軍は風雪の彼方に消えていった。

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