第27話 逆転劇

「クックックッ……いきなりしゃしゃり出てきて好き放題。

 たとえ皇室の後ろ盾があろうと目に余りますぞ。ヨシュア殿」


 シュゲルはあくまで年嵩の人間として落ち着いた様子で声を上げる。

 実際、ヨシュアに引っ掻き回されているこの状況下で正常な行動を取れているのは奴だけだった。


「ここは本国ではないし、ましてやあなたの騎士団内でもない。

 少しは礼儀を学ばねば綺麗な経歴に傷がつきましょうぞ」

「あん? 誰だよお前」


 気怠そうにシュゲルを睨むヨシュア。

 明らかに相手を軽んじているその態度はシュゲルの逆鱗に触れたようでこめかみに青筋が浮かび上がっている。

 それでも呼吸を整え、根気強くヨシュアに語りかける。


「『北の暴風』と恐れられる北面最強の騎士シュゲルのことをご存知でないかな?

 名前は知れ渡っても顔まではなかなか本国には届いていなかったか――――」

「あー、そういうのマジでいいんで。

 サル山の大将が最強だの英雄だのほざいてるの見てると悲しくなるんだわ。

 お前は北面の騎士の一人。

 それ以上でも以下でもない。

 今は俺に仕える剣の一本だ。

 やらかしについては目をつぶってやるからちゃんと働くんだぞ」


 ポンポン、と一回りは年齢が上なシュゲルの肩を気安く叩くヨシュア。

 ギリギリ持ち堪えていたシュゲルの忍耐力が呆気なく限界を超えた。


「若造がっ!! 貴様にこの場を左右する権利などないと言っておるのだ!!

 今この場に爵位だの皇族の血だのはなんの価値もない!!

 だからベイリーズ卿は無様な芋虫のように成り果てた!!

 分かるか? 今この場でもっとも偉いのは単純な暴力を持っている者だ」


 意訳するなら「一番強い俺がジェラード伯爵を勝たせようとしているのだから黙っていろ」と言ったところだろう。

 だが、そんな意図がまるで届いていないかのように、


「ああ、要するに俺が全部決めていいってことか。

 オッサン話が長いんだよ」

「違うわっ!!」


 まともに取り合わないヨシュアに業を煮やしたシュゲルは勢い良く剣を抜く。


「ナイツオブクラウン……鬱陶しい名前だ。

 皇族にしか入団することを許されない帝国最強の騎士団。

 生まれの良さだけで選ばれた虚飾の神輿の分際で!」

「あー、勘違いされがちだけど別に皇族限定ってわけじゃねえよ。

 ただ国内で強いやつを順番つけていくとどうしても皇族で埋まっちまうんだよ」

「ほざけっ!! 知っておるのだぞ!!

 ナイツオブクラウンの戦いを知る者はいない。

 何故ならば貴様らは他の騎士団と共に戦うことはなく、単隊で戦場に向かうからだ。

 十名にも満たない貴様らがこなせる任務などたかが知れている。

 貴様らは民衆を喜ばせ皇族の権威を高めるために作られたいわば美しいだけの宝剣。

 だが、私は違うぞ。

 北の大地の騎士も冒険者も私が最強だと認めている。

 何度も何度もこの地の危機を救う姿を目にしてるからだ!

 つまり! 私こそ真の帝国最強の騎士!!

 王子様のお戯れも度が過ぎると痛い目を見ますぞ!!」


 俺を相手しているときには微かにも感情を乱さなかったシュゲルが蛮族のように吠えている。

 その根底には本国の騎士団に対する憧れや嫉妬が見え隠れする。

 だというのにヨシュアはそれを逆撫でするかのように嘲笑う。


「ケケケ。痛々しいんだよ、おっさん。

 傲岸不遜なことを言う割に慎重だな。

 年寄りや女子供は痛ぶれるのに自分より強い奴には虚勢張るだけかい?

 いくら喚いても俺がテメエのゴミみたいなプライドを満足させてやる気はねえよ。

 文句があるならさっさと切りかかってこい」

「言ったな!」


 シュゲルは剣を振り上げたままヨシュアに接近し、


「セイヤアアアアアアっ!!」


 気合一閃――――闘気を纏ったとてつもない剛の剣を放つ。

 その剣はヨシュアの目の前の床に突き刺さり、その余波は大きなクレーターを作った。

 できたクレーターの中央にヨシュアとシュゲルが密接するように立っている。


「次は外さん。命乞いをするなら今だぞ」


 シュゲルは威圧するがヨシュアは


「北面騎士ってのは剣よりおしゃべりの方が好きみたいだな」


 と耳をほじりながら答える。


「ほざけ!! 【閃光嵐巣撃】!!」


 シュゲルの剣が猛烈な速度で上下左右にふりまわされヨシュアを襲った――――はずだった。


「ところで、君がコウって子だよね。

 はじめまして。ヨシュアって呼んでくれ」

「い!?」


 ヨシュアがいつのまにか俺の近くに立っていて、耳元で囁く。

 咄嗟に距離を置こうとするが手首を掴まれた。


「避けないでよ。

 噂は聞いていたんだ。

 まともに闘気も使えない状態から修行始めてから三年程度であの鬱陶しいおっさんとやり合えるのは大したもんだ。

 才能あると思うぜ」

「お前何考えているんだ!?

 シュゲルと戦っている最中に」

「俺に戦っているつもりはないね。

 そんなことより今夜一杯どうだい?

 俺は君に会うためにここに来たんだからさ」


 目の前から標的が消えたことに気付いたシュゲルは顔を真っ赤にしながらこちらに向かって吠える。


「ヨシュアアアアアアアッ!! 

 私の心を乱すためとはいえ、決闘中に浮ついた真似をっ!!

 いいぞ……乗ってやる!!

 我が怒りの剣によって下賤の者諸共一掃してくれるわ!!」


 シュゲルの闘気が爆発的に高まっていく。

 こんなの……一気に解放されたらこの場にいる全員が吹き飛んでもおかしくない!!


「そういうわけだから、今夜空けといてね。

 これ、総督命令だから」


 ニコリと優雅に笑い俺を指差すヨシュア。

 この笑みで数多の淑女を落としてきたのだろうが……と、そんなことを考えている暇は!?


「【唸れ、氷雪ダイヤモンド・ダスト】!!」


 放たれる斬撃は莫大な闘気が込められている。

 その剣が振り下ろされるとき、正面に立つ者は全て光に飲まれ消滅する――――


 カチィィン――――


「……は?」


 燃え盛る炎のように怒りに燃え上がっていたシュゲルが水でもかけられたかのように間抜けな声を上げて青ざめていく。


 カラン、カラン……と折れた剣の刀身が床に落ちた。


 忽然と姿を消したヨシュアが再びシュゲルの目の前に立っている。

 移動すら追えない俺に彼が何をしたのかを見ることはできない。

 だが振るわれたように身体の横に伸びた腕と立てられた人差し指と中指。

 それが意味することは、ヨシュアは指二本で莫大な闘気が込められていたシュゲルの剣を叩き折ったということだ。


「綺麗に折れたな。これならユキに修復してもらえるぞ。

 良かったな」


 理不尽――――


 それがその場にいた人間すべてが抱いた感情だろう。

 北面最大の英雄の怒りに満ちた攻勢は若き皇騎士にとっては戯れ程度に受け流されるものだったのだから。



「さて、これ以上やるなら次は首を飛ばす。

 戻し斬りができるくらいに綺麗にな」


 少し苛立っているのか眉を潜めてヨシュアはそう言った。

 シュゲルは絞り出すような声で問いかける。


「冗談じゃない……

 きさ……貴方様はもはや人ではない……

 ナイツオブクラウンが他の騎士団と共闘しないわけが良く分かりました」

「ま、そういうことだ。

 戦闘力が突出しすぎて集団戦術に組み込めない。

 孤高を気取るつもりはないが、並の騎士では足手纏いになるだけなんだよ」

「貴方様にとっては、私も並の騎士か……」


 シュゲルはその場に膝をついた。

 ヨシュアは背を向けて隙を見せているがそれに斬りかかろうとはしない。

 当然だ。もはや強さとかそういうのではない。

 ヨシュアの力は人間とは次元を隔てたほどの開きがある。

 おそらく、同じナイツオブクラウンのユキも……


 俺はユキの方を見るとユキも俺の方を見つめていた。


 本当に……嫌だ。

 いろんなことで上塗りしてきたのに顔を見てしまえば、あの屈辱的な別れの瞬間に心が引き戻される。


「住む世界が違う」


 って。

 それを否定したくて強くなって、戦い続けてきたはずなのに。


 ユキが俺の目をじっと見て、声を発する。


「コウ。お前がランジェロとヴェルディを殺したのか?」

「ああ。ついでにモーモントとかいう奴もついさっきな」


 俺はモーモントの死体を指差す。

 すると、アグリッパは死体に駆け寄ってしがみついた。


「ああ……ああああああっ!!

 モーモントっ!!

 臆病なお前が……こんなひどい有様になるまで真っ正面から戦ったのだな……!

 見事だ……見事だ……」


 泣き崩れるアグリッパから目を背けると、ユキは俺を糾弾する。


「六天騎士団は私にとって恩人たちだ。

 どれほど感謝しても足りないくらい……」

「俺を捨ててついて行くくらいだからな」


 口をついて出た悪態にユキは顔を歪める。


「人の命を奪ったんだぞ!!

 それがどれくらい罪深いことか分からないのか!?」


 賢ぶったユキの口調に怒りがこみ上げてくる。


「俺だって殺されそうだったんだ!

 ランジェロはめちゃくちゃ強くて向き合うことすら怖かった!

 ヴェルディは執念深くて生き絶えるまでずっと警戒していた!

 モーモントだってずっと俺を殺せる状態でいたぶってきた!

 なんで俺ばっか責められなきゃいけないんだよぉ!!」


 普段ならこんな風に見苦しく言い訳なんてしない。

 どれだけ他人に憎まれようが怨まれようが、自分が必要だと思ったから殺した。

 罪を受け入れる覚悟はできている。

 だけど、ユキに憎まれたり怨まれたりするのは嫌なんだ。


「駄々をこねるんじゃない。

 少し見た目が大人っぽくなったと思ったのに中身は子供のままだな……」


 ユキは頭を抱える仕草をする。

 そこにヨシュアが近づいてきて、


「まあまあ、コウちゃんの言うとおりだと思うぜ。

 殺されそうになって返り討ちにして何が悪い、って話だ」


 とユキをなだめるように肩を抱いた。


「お前っ!? 私にコウの処刑をけしかけるような物言いをしておいて!」

「ああでも言わなきゃウチの怖い姐さんが納得しねえだろ。

 ただでさえあの人にとってお前は特別にお気に入りなんだから。

 異性の幼馴染みの事が心配だからお暇いただきますなんて通用するわけない。

 あれ? そんな俺の配慮も気付かずにあんな悲壮な顔してたの? ウケる」


 親しげにからかう姿からヨシュアとユキはかなり近しい仲なのだろう。

 そのことに少し嫉妬を覚える。


「さっきオッサンが言ってたとおり、コウちゃんのやったことは総督の命令を遂行しただけだ。

 これを罰してたらキリがねえし、それに……人殺しの経験は今に始まった話じゃないだろう?」


 その指摘に俺はギクリと胸を刺された思いになる。

 疑いの目でユキを睨みつけるが、ユキは首を横に振って、


「違う! 私は話していない!

 っ! 余計なことを考えるな!」


 慌てるユキの横でヨシュアが目を細める。

 その瞳の色は紅色に輝いていた。


「なるほど……触りの部分は把握した。

 積もる話は夜にでもしようか。

 とりあえず、騒動の始末が先だ」


 ヨシュアはそう言って、周りの騎士たちに指示を出し始めた。

 俺はそんな彼の背中を見つめて呟く。


「一体なんなんだ、アイツは……

 あんなのが総督ってどうなっちまうんだよ」

「大丈夫、悪趣味な奴だけど誰よりも優秀で心根はいたって真面目で優しい。

 あんな風だったら……私と君はもう少し良い関係でいられたのかもな」


 ユキの口振りにムカついて思わず噛みつく。


「どうせ俺は無能だし良識もないし優しくなんかねえよ。

 そりゃあ、俺なんかよりアイツを選ぶよな!」

「違う、そうじゃない」

「ああ……んっ!?」


 ユキの腕が俺の身体を包み込むように抱きすくめていた。

 一緒にいた頃は俺の方が少し大きかったのに、今はずっとユキの方が……


「私は君を戦わせたくなかった。

 もっと強く優しく、君を守れるでありたかった」


 その言葉は俺を全否定するものだった。

 二人で村を飛び出したあの日からずっと俺が大切にしていた人間としての芯のようなものを揺るがす。


「二度と人殺しなんかさせないと思っていたのに……よりによって六天騎士団のみんなを……全部私の失策だ。

 突き放すことで、お互い忘れることで上手くいくなんて都合がいいことを考えていた。

 許してくれ……君を一人にしたのは私が至らなかったからだ」

「やめろよ! 俺は……俺はっ……!」


 言葉が出てこない。


「コウ。もういいんだ。

 もう私のために戦う必要なんてない。

 俺、なんて言葉遣いで男ぶるのはもうやめてくれ」


 ユキは俺の顔を両手で包んで泣き出しそうな顔で訴えかける。


「君はなんだから……

 もう、ただの女の子に戻っていいんだ」


 俺を捨てた幼馴染はあの日と同じような情けない顔で俺の捨てたものを引っ張り出してきた。

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