第26話 総督の決意
突如現れたナイツオブクラウン二人にジェラードは慌てふためいた。
帝国最強といえども所詮は一介の騎士……なのだが、ナイツオブクラウンはその特性上皇室に連なる者で構成されている。
特にヨシュアといえば皇帝陛下の甥子で次期皇帝候補と目されている。
粗相ひとつで自分の首が飛ぶ状況となったのだ。
その八つ当たりをするかのように、奴は現れた者の中に見知った顔を見つけ、怒鳴り散らした。
「あ、アグリッパァアアア!!
何故、ヨシュア……様やユキ様を連れてきた!?
とんだヘマをやらかしおって!!」
ジェラードに叱責されるアグリッパだがユキが手で制す。
ヨシュアがにやにやしながらこの場にいる全員に語りかけるように言う。
「ヘマをやらかしたのはお前の方だろう。ジェラード副総督。
あと、それに従った諸君。
ベイリーズ卿の独裁や軍の私物化を諫めようとした。
それは分かる。
ベイリーズ卿を打倒するために本国から工作員や戦闘要員をかき集める。
うん。物騒だがわからんレベルじゃない」
飄々としたその手振りと口調は少年のような人懐こさすら感じさせる。
殺伐としていた現場の空気が不思議と弛緩し始めたが、
「だが、街のゴロツキどもを手懐けて非合法な手段で敵勢力の力を削いだり、本国から供給される物資を占有して北面の経済を混乱させたりするのはやり過ぎだろう。
あと、直接的な暴力で代替わりを実行するのもな」
ヨシュアはベイリーズを一瞥し、痛そう、と呟いて肩を竦めた。
一方ジェラードはブルブルと首を振って、
「何を仰いますか!!
そんな流言の類に耳を傾けますな!!
たしか私はこのように前総督を厳しく諫めましたがそれも所以あってのこと!!
まして、私の皇帝陛下様を始め皇室の方々への忠義は――――」
「ああ、そういうの良いから。
お前みたいなやつの話を口から聞くのはバカバカしい」
そう言ったヨシュアの目が紅く光っている。
コレは魔眼……その口振りから嘘を看破する類のものか?
言葉を失うジェラードに代わってアグリッパが声を上げる。
「ヨシュア様!
ジェラード伯爵のやり方は拙かったですが、ベイリーズ閣下が独裁的な統治を行っているのは事実!
敬愛なる我が師六天賢者様に誓って嘘は申しておりません!」
「ほほう。出しゃばるねえ。
地方で独裁が行われるのはたしかに問題だがそれを阻止するためにクーデターが頻発しては国が保たんだろう」
「口の端に乗せることさえ憚られますが……今の皇室に昔のような力はありません!
各地で辺境伯や総督の類が独自に力を蓄え権勢を奮っている。
さらに子女を皇族の方々に送り込み外戚として中央にも影響力を持とうとしている。
今上の陛下は無警戒で無配慮だった……
だから!! だから我が師はっ!!
皇室の権威を我がものとしようとした魑魅魍魎の手によって殺められた!!
その魑魅魍魎を抹殺するために私どもはエテメンアンキに属し、皇室保守派の有力者に力添えをしています…………
もし、ジェラード伯爵を非難するのであれば!
臣にここまでさせている陛下の無力を諫めてくだされ!!」
顔を真っ赤にして噛み付かんばかりに訴えるアグリッパ。
不敬罪確定の物言いだ。
斬って捨てられても文句は言えない。
逆に言えばそれほどの覚悟があっての暴言か。
そして、ランジェロとヴェルディがジェラード伯爵の警護をしていた訳が繋がった。
彼らにとって最も優先されるべきは忠誠を誓った六天賢者の子であるユキを育て上げること。
それが為されたから二つ目の目的を果たしに動いた。
六天賢者の命を奪ったこの帝国の闇に対する復讐。
ユキを縛り付けないためとはいえ六天騎士団を解体するのは些かやり過ぎだと思っていたが……自分たちを暗殺者として貶めるためには六天の名を捨てたのなら納得がいく。
一見、命がけのアグリッパの訴えは真理のように思える。
だけど、総督だって……
ローザに抱えられているが総督はもう息を引き取りかけている。
逆賊の汚名を着せられてそのままなんて――――
「お嬢さん、ちょっと離れて」
ユキがいつのまにか総督のそばに立っていて、ローザに言った。
「……あなたがユキ?」
「そうだ。早く離れて。
治癒魔術を使う。死ぬよ」
「え? 一行で矛盾しないで!?
何するつもり!? どうするつもり!?」
「……警告はしたからね。
《落ちたる花よ、大地に還り、再び咲け》――――【
あ、まずい!
「ローザ! 総督から離れろ!
死ぬぞ!!」
「コウまでっ!? うわあああああ!!」
ローザが総督から飛び退いた。
総督の後頭部がゴツリと床に打ちつけられた。
お前、もうちょっとうまく離れ…………そんな場合じゃない。
「うう…………グオアアアアアアアアアッ!!」
ベイリーズ総督が叫ぶ。
昔、サンドラの講義で聞いたことがある。
治癒系の高等術式は傷を治すことに特化している劇薬のような魔術。
特にダメージのない肉体に使うと過回復状態になり、激痛に襲われたり神経を損傷する、って。
あと、こうも言っていた。
治癒とは自然の理だが、それを急速に行うのは摂理を超えた業。
その効力が蘇生に至ったのならばもはや術者は時間の流れを司る領域に立っている、と。
ユキはベイリーズ総督の死に向かう時間を堰き止め、強引にこちらに引き戻す。
溺れていた者が息を吹き返すように総督は体を震わせてむせた。
「ガハッゴホッ……感謝する。騎士ユキ……」
「あなたにはまだ死んでもらっては困る。
それだけです」
努めて抑揚を抑えながら応えたユキだったが、うっすらと微笑んでいた。
総督の両腕は再生しなかったが、顔の傷は癒され、血色も戻りつつある。
「久しいな……ヨシュア」
「ああ。十年と二十四日ぶりだな。
相変わらずクソ寒くて辛気臭い城だ。
つくづくアンタには似合わねえよ。
で、蘇ったところ早速で悪いがこの始末どうつけるよ?」
軽々しく声を掛け合う二人にジェラードは動揺する。
「お、お二人は知己の仲か?」
「皇位継承権はやや劣るが切れ者過ぎる皇帝の甥っ子。
擦り寄ってくる
お前らのお仲間とかな。
そいつらから身を守るために匿ってもらったことがあるんだ。
ああ、気にしないでくれ。
裁定に私情は挟まない。
これは目の前のおっさんに教わったことでもある」
ヨシュアは軽い調子でジェラードをあしらう。
その様子を総督は片方の唇の端を上げて見ていた。
満足したような諦めがついたような、スッキリとした表情で言葉を切り出す。
「始末……というのなら、まず我輩の総督という役目は取り上げられるべきだろう。
自ら戦場に赴くわけでなくとも腕を失い、気力が萎えた状態で務められるほど安い役目ではない。
その上、部下に反旗を翻されて多くの騎士や冒険者の命が失われている。
今こうしている間にも……
シャッティングヒルが破られ北元郷の魔獣が押し寄せようとしている今、北面総督府が機能していないのは絶望的だ。
北の大地に人類が生きられる場所が失われる。
失態などという言葉では全く足りない程の状況……我輩はどのような罰でも受けよう」
事実上の敗北宣言だ。
どちらに正義があるとかそんなことはもう関係ない。
ベイリーズ総督にとって権力争いなど些末なことで北面総督としての任を全うすることだけが大事だった。
それが叶わなかったことに対する落胆は計り知れない。
ジェラードに向き直りギロリと睨みつける総督は怒りで血が煮えたぎっているようだが、努めて平静を保って声を絞り出す。
「但し、その愚物の処刑が為されることは望む……!!
皇室保守だの中央権力強化だの政治思想にケチをつける気はないが守るべき民を窮地に追い込み同胞に手をかけるなどあってはならん!!
その始末をつけるために我輩はこの者を利用してきた」
総督は目で俺を指す。
ユキが微かに表情を揺るがせた気がした。
「身分も後ろ盾もそれどころか家の名すら持たぬ放浪人のこの者に、権力を以て命じ、待遇を持って黙らせ、言葉巧みに正義感を煽った。
我が命令の元に反乱分子を片端から暗殺した。
そのことに罪はない。
剣に罪がないようこの者も我が剣となって働いた。
それだけだ」
胸が苦しいのはトランスのノックバックじゃない。
どうして、こんな状況で俺の助命なんかを!
総督に問いただしたく口を開こうとしたが、総督は俺を見つめて首を横に振る。
ここは任せろ、と言わんばかりにいつものような余裕の笑みを浮かべて。
ヨシュアが顎に手をやって、しばし考えるように宙を仰いだ。
そして、
「なるほど。だいたい分かった。
こんなことに長々時間をかけている場合じゃないってこともな」
周囲の人間を見渡すように広間を歩き回りながら告げる。
「まず、ベイリーズ卿は北面総督職を解任。
暫定的に副総督として次の総督への引き継ぎ、職務の補佐を命ずる。
後の処遇は本国の賢い奴に任せる。
今は責任の取り方を考える暇はないぜ。
腕がなかろうが首から上が使える以上は働いてもらわねえとな」
何か、幻惑にでもかかっているのではないかと疑ってしまう。
突如現れた一人の騎士がこの場にいる大貴族を差し置いて主導権を握っている。
次期皇帝候補とされる程に皇族としての地位が高いことは知っているが、もはや皇帝であるかのような尊大な態度と横暴なまでの裁可が何故か許されてしまう。
これがカリスマという奴か…………と、考えていた矢先、
「で、ジェラード副総督。
お前も解任――地下牢でしばらく眠っとけ」
「なああっ!?」
血相を変えたジェラードが食いかかる。
「バカなことを申されますな!!
私がいなくては……いや、総督に任命しなければ北面総督府は回りません!!
今市内で起こっている混乱を止められるのは私だけですぞ!!」
「火付け盗賊に屋敷をくれてやるバカがどこにいるんだよ。
むしろ貴様がチョロチョロしてると下の連中がまとまらねえんだよ。
騎士なんて犬以下のバカばっかなんだから飼い主の顔は分かりやすく一つにしてやらんと。
ああ、もちろんお前に加担した騎士たちは無罪だ。
ベイリーズ卿に倣って、ただの剣に罪はないってな」
「そんなっ!? 無茶苦茶ですぞ!!
そもそも総督は誰を任命するのです!?
この地にそれに見合う家格と才を持ち合わせた人間など私以外には――――」
ヨシュアが自ら手を挙げる。
「俺がやる。とりあえず、シャッティングヒルの件が片付くまでな」
「はあああああっ!!?」
突然の立候補にジェラードだけでなくその場にいる全員、ユキすらも珍しく声を上げた。
「な、何をバカなことを!?」
「ああ。バカなことをしているのはたしかだな。
人間同士のイザコザの尻拭いなんて俺達の領分じゃないんだが、やる奴がいないならやるしかねえ。
シャッティングヒルの伝説も知らないわけじゃないしな」
その場にいる誰もが呆気にとられている中……笑い声を上げた者がいた。
シュゲルだった。
笑い声に応えるようにヨシュアがシュゲルの方を向くと視線がぶつかり合った。
弛緩しかけていた場の空気が急速に張り詰めていった。
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