第24話 クーデター

 ベヘリットの市街は慌ただしくどこか浮き足だった雰囲気だった。

 さっきのガリウスの話から推測するにギルドの冒険者たちによってシャッティングヒルが破られたことや総督府が襲撃されていることが情報として出回っている。

 だが信用できる情報か分からず、また想像を絶する危機的な状態であるため、真に受け止められていない感じがする。


 ガリウス、俺、ローザ、アッシュの順に縦一列になった俺たちは市街を高速で駆け抜けていく。


「騎士団への連絡は!?」


 ガリウスに向かって尋ねると、


「冒険者ギルドにたむろっていた奴らを既に行かせている!

 早い連中なら既に総督府に駆けつけている頃だ


 振り向かずに返された答えに少しの安堵を覚える。


「だが、人手があるに越したことはねえな!

 おおい! この声を聞いている奴は俺に続け!

 シャッティングヒルが破られ、総督府がピンチだ!

 総力を上げてこの地を守るんだ!!」


 その矢先だった。


「伏せて!!」


 後ろにいるローザが俺の脚を引っ張った!

 反射的に俺も前にいるガリウスの鎧を掴んで引き倒す。


「どわあああああああっ!!」


 大声を上げて地面に張り付くガリウス。

 その首があった位置に矢が通り抜けて、建物の壁に刺さった。

 まさか街中での襲撃!?

 一体誰が? と考えるより先に行動している奴がいた。


「舐めんなあああああ!!」


 ローザは地面を転がりながら弓の弦に矢をつがえ、背中を地面につけたまま一気に三本の矢を放った。

 ヒュンッと風切り音を立てて軌道の異なる三本の矢が空を駆ける。


 ドドドッ!!


 ほぼ同じタイミングで矢が何かに刺さった音がした。

 それから数秒遅れて脇にあった建物の屋根から矢の刺さった冒険者風の男たちが降ってきた。


「急所はっ!?」

「外せた! 気をつけて!」


 俺とローザがそう言葉を交わし合うとガリウスは


「やっぱお前ら普通じゃねえよ!」


 と吐き捨て背中に背負った愛槍を掴み、頭上で回転させて構える。


「どこのどいつだ!?

 この俺を知っての狼藉か!?」


 ガリウスはそう怒鳴り地面に落ちた男たちに詰め寄る。


「が、ガリウス……さん! 待ってくれ!

 アンタほどの男がどうして反乱なんて考えたんだ!?」

「あぁ!? なに目を開けたまま寝てやがんだ!?

 反乱なんてこれっぽっちも考えてねえよ!」


 そう言ってガリウスは槍の穂先を男の首に触れさせる。


「嘘を言わねえ限り殺さねえ。

 逆に言えば、俺が嘘と判断したら殺す」


 残り二人の男もローザが睨みを利かせているので動くことができない。


「き、騎士団の男が街中に触れ回っていた。

 シャッティングヒルが破られたとか総督府が魔物に襲われているとかデマを流している奴がいて、そいつらが救出に向かおうとした冒険者や騎士を罠に嵌めて殺しているって」

「は……はああああああああああああ!?

 なんだよ! それこそデマだろ!?

 おい!? コウ! ローザちゃん!?

 俺はそんなことしてねえよ!!」


 やられた! 情報戦で先を行かれてる!

 ガリウスは嘘をついていないと思う。

 だが、ガリウスに情報を持ってきた奴はどうだ?

 確かめる術はその場に行くしかないが…………


「その騎士団の連中って、どこの騎士団?」


 ローザが男に尋ねた。

 男は震えながら首を横に振る。


「わ、分からん。俺はそういうのは疎くて」

「じゃあ、顔は? どんな顔していた?」

「そ、それも……フルプレートのヘルムをつけていたから。

 だが旗は北面騎士を表す北元星旗を掲げていたから間違いなく――――」

「語るに落ちたわね」


 ローザが矢を放つとガリウスが押さえている男を除いた二人が膝を貫かれ地面に這いつくばる。


「フルプレートなんてこの北の大地でつけてたら中の人が凍傷だらけになるわ。

 本国の方はそんなこともご存知ない?

 ……私も知らなかったけど」


 ローザの言った通りだ。

 ガリウスは槍を持っていない方の手で頭をかく。


「おかしいなあ。よそ者のくせに俺の名前と顔が一致した。

 もしかして、お前ら入念に準備していたの?

 この日のために」

「チッ!」


 男は舌打ちとともに転がり、ガリウスの槍から逃れようとするが、


「動くなって」


 まるで食事をつまむような何気ない動作で男の背中を貫いた。


「使えねえ。酷い嘘つきだ」

「ああ……だけど、本当のことも混じっている。

 情報戦で敗北した!

 ガリウス! 悪いがお前の持ってきた情報も正しいとは限らないぞ」

「わーってるよお! んなことは!

 てか誰だよ!? こんな真似企てたのは!!」


 思い当たるのはひとつだけ。

 俺はジェラードを取り逃した。

 もしそのままジェラードが逃げおおせていたなら総督が殺しにかかってきたと判断し、温めていた計画を前倒ししたとしてもおかしくない。

 本国の反総督勢力の力を呼び集めたクーデター。


 だとすればやはり当初の目的どおり総督府を目指すべきだろう。


「真実なんて後回しだ。

 まず総督の安全を確認しよう!

 魔獣に襲われていてもいなくても総督府を目指すほかない!」


 俺の意見にガリウスは申し訳なさそうに呟く。


「悪い……コウ。

 俺は行けねえよ。

 総督の安全を確保できればこの事態が収拾できるというのも理屈じゃわかるんだが、こんな連中が街中にいると分かっちゃ放っておけねえよ。

 街の人間や冒険者仲間の犠牲は出したくねえ」


 槍を持つ手が強く握り込まれている。

 俺たちよりずっと長く、この町で生きてきたんだ。

 その分、街や住民への思い入れも強い。

 そういう奴だから俺はガリウスを信用できたのだろう。


「分かった。お前は本当にいい男だな」

「お前の方こそ……今度会う時は一晩中飲み明かそう」


 拳を打ち付け合って、ガリウスは俺たちとは別方向に向かった。




 街の北門を出て総督府に向かう道を一直線に進む。

 すると、アッシュが叫んだ。


「コウ! 気をつけて!

 血の匂いがする! まだ暖かい!」


 吹雪くというほどでもないが降り積もる雪に視界を遮られ遠くまで見渡せない。

 だが、その血の出どころは目に入る場所に現れた。

 城に向かう道の上に死体が散らばっている。

 死因は斬殺、刺殺、撲殺、絞殺…………全て人間の手によるものだ。

 ローザが矢を引き絞り背中を俺に預ける。


「あのよそ者、一応本当のこと言ってたのかしら」

「分からん。ただ言えているのは――――」


 ヒュン


 矢が俺の顔の横を通り抜けた。


「待ち伏せか!

 ローザ、俺の後ろにいろ!」

「うんっ!」


 俺の背後に回りながら、矢を放つローザ。

 射たれた矢の方向から敵の位置を見出してたらしく、悲鳴が聴こえた。


「つくづくお前って弓使いとしちゃ優秀だな」

「当然! だけど弓を打つ以外は脳無しだから!」

「知ってるよ――――《ここは通さない!》」


 集中。ローザに向かってくる攻撃を通さないことに専念する。

 視力強化、反射神経強化、腕部筋力強化。


 敵の矢が四方から襲いくる。

 全てを弾くのは困難。

 だが、敵もこちらを完全に見えているわけではなく狙いが甘い。

 当たるものだけに絞って矢裁きするのは難しくない。


 俺が矢を捌き、ローザが矢の軌道と方向から敵の位置を割り出し反撃する。

 噛み合った歯車のように俺たちは次々と敵を落としていく。

 敵から降る矢の雨が止んだか、と思った瞬間――――


「うおおおおおおおっ!!」


 大声を上げながら、敵が背後から襲いかかってきた。

 大柄な男だ。

 今の迎撃用の強化では力負けしてしまうが、


「WGAAAAAAA!!」


 アッシュが飛びかかりその敵を地面に叩きつけた。


「ありがとう! アッシュ!

 そして、お前らは《死ね!》」


 強化構成を戦闘特化型に切り替えて、襲いくる敵を片っ端から斬り伏せていく。

 雪の勢いがどんどん強まり視界を奪われていく中、俺たちは敵の猛攻を凌ぎ、前進した。



 闘気はほぼ底をつき、深手こそ負っていないが防具や衣服もボロボロ。

 ローザやアッシュも似たような状態。

 それでもなんとか総督府のある城にたどり着いた。


「クンクン……うん。魔獣の匂いがする。

 だけど多分死体ばかりだ」

「そうか。迎撃に成功したのか」


 一安堵し、俺たちは裏門から城壁の内側に入り、そのまま勝手口から場内に入った。


「ハアアアアッ! もう最悪!

 人間相手の戦いなんて二度とやりたくない!」


 ローザは愚痴りながら返り血を浴びたコートを脱ぎ捨てた。


「ついてきといてなんだけど、オレここにきて良かったのかな?」


 アッシュがフードの上から耳を隠すように押さえて尋ねてくる。


「いいんじゃないか。

 総督には話しているしこんな状況だ。

 それに思った以上にお前は強いし。

 役に立って裏切らないならそれで良いってのが総督のお考えだ」


 その寛容さに俺も救われた。

 合理的で古い慣習に縛られず、より強い力でこの地を守ろうとしているベイリーズ総督。

 あの人以外にこの極寒の地の防衛を任せられる将なんていない。

 なのに、どうしてその邪魔をしようとする!?

 冒険者や騎士だってこの国の民のはずなのに!!


「コウ。怖い顔になってるよ」


 ローザが俺の頬を両手で挟む。

 手袋に隠れていた手のひらは暖かだった。


「ああ、すまん。

 疲れでイライラしていた。

 急ごう。総督の元に」


 俺たちは早足で城の中心部に向かった。

 だがすぐに違和感を覚える。


「静かすぎない?

 いつもこんな感じなの?」


 初めてここに来るローザですらそう感じるんだ。

 間違いない、異常だ。


「アッシュ、お前の鼻はどう感じている?」

「うーん……人がいるのはたしか。

 だけど動きが少ない。

 血の匂いもかなり……」

「少なからず魔獣との戦いがあったからな。

 負傷して動けなくなっているのか」


 推測の域を出ない。

 やはり自分の目で確かめるしか…………


「《捕えよ》【呪縛の檻ソーンケイジ】」


 静かなその声に背筋が凍りついた。

 そして気づいた時には遅かった。


「しまっ、うわああああっ!」

「あいたあああ!!」

「ぎゃあああっ!!」


 俺たちは全身を激痛で襲われ、床に這いつくばった。

 水槽の中に放り込まれたように黒いブヨブヨした魔力の溜まりに俺たちは閉じ込められていた。


「コウ…………ランジェロとヴェルディのカタキ…………」


 薄暗い廊下の向こうから灰色のローブを着た髪の長い男が近づいてきた。

 不健康そうにコケた頬。

 記憶に遠い顔だったが、さっきの呟きですぐに思い出す。

 俺が顔を知っている六天騎士団は四人。

 ランジェロ、ヴェルディ、笑い方の気持ち悪いデブ、そしてこの男だ。


「ろ……六天騎士団…………」

「黙れ」


 男が手を掲げ指を握り込むと再び痛みのスイッチが入った。

 俺は歯を食いしばって堪えるが、ローザとアッシュはそうはいかない。


「イダダダダダフファファふ! 死んじゃう! こんなん死んじゃう!」

「ングググ…………ああああああっ!」


 若干、ローザの痛がり方がコミカルだが冗談で済んでないのは確かだ。


「殺しはしない。

 だが許しもしない。

 ……お前には僕が味わった絶望より酷いものを味あわせてやる」


 名も知らぬ六天騎士団の男は澱んだ目で俺たちを見つめた。

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