第22話 まもなく交錯する運命
『ユキ様! ユキ様!』
眠っている私に通信魔術を使って起こしにかかってきた者がいる。
騎士団寮、なかでもナイツオブクラウンの寮は来訪者のチェックが厳しく、こんな深夜に人が通されることはまずない。
よって、私は一部の人間に対して直接コンタクトを取れるよう独自の通信魔術の
とはいえ、これらの魔術が使われたのは今回が初めてだった。
突然の深夜の来訪者に私は驚きを隠せない。
慌てて服を着て部屋を出た。
「アグリッパ! よくぞ会いにきてくださった!」
六天騎士団の生き残りであり私の魔術の師匠の一人でもあるアグリッパは相変わらずずんぐりと肥え太った体をしていた。
いつもなら私を見た瞬間、ヒクヒクと顔を引きつけながら笑うくせにそれがない。
むしろ沈痛な面持ちで私に訴えかけるような目をして喋りだす。
「貴方様の眠りを妨げてしまい申し訳ありません。
この無礼は如何様にもお裁きください……」
「構わない。
たとえ私がどのような地位に上り詰めようと貴方はいつまでも私の恩師だ。
そのようなへつらいは無しにしてください」
膝をついて頭を垂れる彼の手を取って引き起こす。
すると、その顔はクシャリと潰れるように歪んで決壊するように涙を撒き散らした。
「ユキ様あああああ!!
ランジェロと……ヴェルディがっ……!!」
え……?
寮内の広間に移動すると、アグリッパは水晶玉をテーブルの上に置き魔力を込める。
水晶玉の中にゆっくりと像が浮かびだす。
彼は通信や探知といった魔術を得意としており、六天騎士団内の司令塔的存在だった。
今使っている魔術は【
死人の今際の際に見る光景を映し出す魔術。
六天騎士団の団員たちは自分にもしものことがあった時には眼球をくり抜いてアグリッパに届けられるよう手配している。
つい数時間前にヴェルディとランジェロの眼球を受け取ったアグリッパは中身を見て慌てて私の元に駆けつけたと言う。
「すでに六天騎士団は解体しております。
それは全てユキ様を思ってのこと。
故に、我々はたとえ薨ろうと貴方様にその事を告げはしない。
貴方の過ごす日々に涙の染みを作ることすら恐れ多いと思っていたのです。
本来ならこのようなものをお目にかけるなどあってはならぬことなのですが…………」
ランジェロは建物の天井を見上げている。
その壊れようから爆発でも起こったと思われるが、そこに一人の影が入ってきた。
茶色い髪をしたあどけなさの残った顔の剣士――――
「コウ!? どうして、コウが!?」
私の声がすでに起こった過去に届くはずもなく、コウは何かを口走った後、剣を振り上げた。
「ねえ……なにしようとしてるの!?
ちょっと待って!! コウっ!!!!」
ブツリ、と糸が切れるように像は消えて無色透明な水晶玉は私の叫びを吸い込んだ。
「……こちらからならなにが起こったか……よーく、わかります」
アグリッパは続けてヴェルディの見た光景を映し出す。
その光景の始まりはコウが剣を振り下ろしランジェロの首を切り落とした瞬間だった。
「あああああああああ…………」
私は頭を抱えてふらつき、足元がもつれた。
尻餅をついたままヴェルディの見た光景を眺めている。
コウは勝ち誇ったようにヴェルディを見下ろしている。
何か話をしているようだが、どんどん像は歪んだり赤く染まったりしてヴェルディがジワジワと死んでいく様を生々しく映し出している。
なのにコウは怒鳴ったりして助けようとしない!
どうして!? どうしてこんなことになっているの!?
まもなくして、水晶玉はまた像を失った。
「っ…………ああ…………」
ヴェルディ、ランジェロ……私の魔術の師匠。
母上が編み出した魔導の神髄を私に受け渡してくれた恩人。
厳しくて、理不尽なところもあったけれど、尊敬していた。
その強さやひたむきさに憧れていた。
今はあの人たちよりも強い人や立派な人に囲まれてはいるけど、それとは比べられない。
コウを捨てた私が代わりに手に入れたモノ……
こんな死に方をするなんてあり得なかった。
コウに……殺されるなんて……
私は、間違えた。
「あっ……あああああ…………あぁあっ!
あああっ! あああああああああっ!!」
野良犬が吠えるように無様に泣きじゃくった。
口から内臓が飛び出すんじゃないかってくらいに。
騒ぎを聞きつけて、ヨシュアとヴィヴィアン姉様が駆けつけてきた。
ヨシュアが私を抱きかかえ「落ち着け」と背中をさする。
ヴィヴィアン姉様はアグリッパを睨み付け、
「ウチの子を泣かせるとはいい度胸だな」
「ぐぶっ!!」
【迅雷】の魔眼がアグリッパを床に伏せさせる。
アグリッパは激痛に顔を歪めながらもヴィヴィアン姉様に向かって声を上げる。
「お怒りはごもっとも!
どんな処罰でも受けましょう!
されど、事の次第をユキ様に……いえ、皆様にお伝えする時間をください。
私は元六天騎士団長代理……アグリッパ・デ・ブルトン!
今はエテメンアンキの一人にございます!!」
名乗りを聞いてヴィヴィアン姉様が即座に魔眼を解く。
代わりにヨシュアは立ち上がりアグリッパを見下ろす。
「薄汚い暗殺者ふぜいが夜中に俺たちの寝所に押し入ったワケねえ。
いいぜ、話してみろよ。
遺言になるかもしれねえがな」
敵意を剥き出しにするヨシュアは普段の伊達男面は捨てている。
エテメンアンキ――――帝国の諜報機関であり、その存在を知る者は国内にほとんどいない。
設置目的は帝国の治安維持と銘打ってはいるが、実際のところはヨシュアの言うとおり表立ってはできない暗殺などの汚れ仕事を請け負う。
ヨシュアが不快感を隠さないのは彼自身幼少の頃からエテメンアンキに何度も命を狙われたからだ。
上位の皇位継承権を持っている彼は多くの人間にやっかまれており、その中にエテメンアンキを動かすことができる誰かが混じっている。
さて、アグリッパはどちらかというと臆病な性格だ。
ヨシュアに睨まれて萎縮し震えきっている。
無理やり振り絞るように声を上げる。
「ユ、ユキ様に指南させていただいておりました六天騎士団の団員が殺害されました。
場所は北面総督管轄領のベヘリット市!
ジェラード伯爵の館でのことです」
「ジェラード……元神祇官長のあやつか。
どうして北面などに」
ヴィヴィアン姉様の疑問は常識的なものだ。
神祇官というのは国の儀式を司る官職であり、伝統的に忠義高い名門貴族が任命される。
その長とはいわば皇室の懐刀。
そんな貴族が本国を離れて北の大地に、しかも総督の下につけられているのは何かの懲罰だろうか。
「元神祇官長の北面への異動。
その周りをコソコソしているエテメンアンキ。
しかもユキと繋がりがある奴らが慌てていると来れば……
成程、確かに火急の件だな」
ヨシュアは先ほどの情報のみで何かに思い当たったらしい。
アグリッパに向けていた視線から敵意が失せる。
ただ戦闘に長けているだけでなく頭もキレるし世情にも詳しい。
つくづく完璧で惚れ惚れしてしまう。
「どうする?
わざわざこんなところに来たからにはそれくらいの覚悟はあるだろう」
ヨシュアの問いにアグリッパは恐る恐る口を開く。
「恐れながら……陛下のお耳に入れるのはもう少し遅らせていただければと願い申し上げます!
陛下はベイリーズ総督に信頼を置かれています!
たとえ、総督に翻意があると奏上致しましても疑おうとは――――」
「翻意!? ベイリーズ卿が!?」
ヴィヴィアン姉様が声を上げて、慌てて口をお隠しになった。
ヨシュアはそれを笑い、語りかける。
「話の流れからしてどう考えてもそうだろ。
ジェラードみたいなバリバリ皇帝保守派の重鎮がわざわざ乗り込んでいるんだぜ。
お目付役か首切り係か、どっちにせよロクなもんじゃねえよ。
とはいえ、総督も派手にやらかしたな。
寵愛していた六天賢者の薫陶を受けた騎士を殺害。
さすがに
使い勝手の良い駒でも手に入れて図に乗っちまったか?」
「如何にも。総督閣下は北の大地で資源防衛の名の下、保有戦力を拡大しております。
明らかに皇帝陛下に賜った統治権から逸脱する所業!
誉高き帝国騎士の末席に流浪人や平民の子まで並べている!
故に、伝統を重んじ心ある方々はそれを諫めるためジェラード卿を」
「ああ、そういうのいいから。
端的に述べろ。
誰がやった?」
ヨシュアの静かな威圧にアグリッパは縮こまり床に額をつける。
「北面騎士……コウ・ノルス・ランドール。
3年前まで、ユキ様にまとわりついていた農村出身の落ちこぼれ冒険者です」
分かっていたのに、改めて自分の耳で聞き入れると絶望が塗り重ねられるようだ。
コウが……私の恩人達を殺した……
「たしかに。どこの家との繋がりもないから尻尾切りするのも容易い。
流浪人だから貴族や騎士に顔が売れていないのもいいな。
だが、ユキから聞く限り本当に無能だったんだろう。
どんな奸計を使って騎士を打ちまかせたのか……興味深いな」
ニンマリとヨシュアが笑い、私の肩を叩く。
「心配なら久しぶりにそいつの顔を見に行ってやったらどうだ?
俺も付き合うぜ」
「へっ?」
ヨシュアの予想外の発言に私は思わず間のぬけた声をあげた。
ヴィヴィアン姉様にとってもそうだったようで、非難めいた言葉を投げかける。
「ナイツオブクラウンの四席と八席が揃って北の大地に?
方向音痴のバカンスかな?
謀反も暗殺もたかが人間のやること。
我々の預かり知らぬところで好きにやっていればいい」
「そうも言ってられないでしょう。
北面総督を置いているベヘリットは帝国の軍事における最重要拠点の一つ。
くだらない権力争いでその稼働を止めるわけにはいかないし、ましてや翻意を抱く逆賊に渡すなどもってのほかだ。
それに、この件が片付かないとコイツが役に立たなさそうだからな」
ヨシュアはそう言って苦笑しながら私を見る。
「俺たちには敗北が許されない。
だからどんな時だって120%の力を発揮できるように心をコントロールできなきゃならない。
俺や
なんてったって夜泣きするくらいだ。
ちょっとした荒療治は必要だぜ」
「私に……コウを処断しろと!?」
「お前は人を斬ったことがない。
最初に斬りにくい者を斬っておけば後が楽になるぜ。
俺みたいにな」
私に背を向けるヨシュア。
ヴィヴィアン姉様は舌打ちをしながらも渋々とうなづく。
「ヨシュア《お前》に任せる。
ユキ。ナイツオブクラウンに腑抜けはいらん。
正当な理由なくその者を見逃せばお前に戻る席はないと思え」
……どこで間違えた?
どうしてコウが私の人生に関わってくる?
しかも、こんな局面で!?
ナイツオブクラウンから除名?
あり得ない。
そんなことされたら、今までの全ての努力と犠牲が水の泡になってしまう。
じゃあ、コウを殺す?
私の手で…………
自分の手を見つめる。
任務と鍛錬により何千回、何万回と高等魔術を行使してきた手は老人のように枯れ果てている。
見栄えの悪さを隠すために普段は手袋をしているが、改めて見るとグロテスク極まりない。
この手は私が失ったものの象徴だ。
そう、私の人生の大半は失い続けるだけだった。
母親を殺され、逃げ延びた場所で育ての親も早死にし、その村も追われたどり着いた帝都での困窮した暮らし。
ナイツオブクラウンに加わることが決まった時、もうこれ以上は失わずに済むと思った。
最強の騎士になれば全てを叶えられると。
なのに、ランジェロとヴェルディがコウに殺され、そのコウをも殺さなきゃならない。
そんなの…………
ふとアグリッパが私の視界に入った。
流れる涙を隠そうともせず、目と鼻を真っ赤に染めている。
アグリッパやあの人にとってランジェロとヴェルディは家族以上に強いつながりを持っていた。
不敬を承知で告発せずにはいられないほどの怒りを抱えている。
「分かりました……
ヨシュアと共に北の大地に向かい、騒動の鎮圧にあたります。
そして、必要とあらば――――コウという騎士を斬ります」
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