第21話 六天騎士団その1(間話)

 帝国において騎士階級とは特権階級であると同時に熾烈な競争社会でもある。

 生まれた時に血統によってその才を選別され、特に優れたる子らは上流の育児室ハイソサエティと呼ばれる集まりに所属し、英才教育を受けることが義務付けられる。

 その名の通り、上流貴族や皇族の子らが所属しており、その繋がりによって後に大騎士団長や軍の大役に任ぜられることが約束されている、騎士階級の超エリートコースといえる。

 そこに選ばれなかった者は幼少期を親元で過ごす。

 子が少なかったり、教育熱の高い家ならば家庭教師をつけることも多い。


 七歳になると幼年学校に入学する。

 十二歳になるまでにそこで才能と実力を認められた者が高等学院に進学することを許される。

 その割合はおよそ二割。

 上流の育児室ほどでなくとも十分にエリート。

 彼らの将来は騎士団長や軍の将校、または近衞騎士と騎士階級の上層部となる。


 高等学院に進めなかった者は十二歳から従軍し、戦場に出る。

 軍の構成は平民や冒険者上がりの者が中心となっており、彼らは生まれて初めて、騎士社会の外に出ることとなる。

 それは血統書付きの高級犬が野良犬の縄張りに入るようなもので、今まで培ったプライドや上品さを捨てなければ生き残れない。

 だが、闘気を使いこなせる彼らの戦闘力は中級の冒険者に勝るとも劣らない。

 元々の素質が平民達とは違う。

 入りたての頃は冒険者上がりの荒くれ者に牛耳られていても、手足が伸び切る頃には彼らを容易く圧倒するようになる。

 順調に手柄を上げ、彼らは改めて騎士として任ぜられる。

 それは捨てたプライドを取り返すことに成功したことに他ならない。

 その成功体験を手土産に彼らは騎士団に入団する。

 故に帝国の騎士達は勤勉で実直な者が多い。


 だが、そうなれない者もいる。

 努力が足らなかった、才に恵まれなかった、親の胤や腹が悪かった、運に恵まれなかった。

 色々な理由はあるだろうが結果として彼らは落ちこぼれとして扱われる。

 騎士の家に生まれながら騎士としての実力がない。

 その烙印を押されることは人生の全てを否定されるに等しい屈辱であり、自害する者も少なくない。

 死ななくとも、戦いに向いていないことを知りながら軍役を真面目にこなす者はいない。

 鍛錬することをやめ、博打を打ったり娼婦に入れあげたりして不良兵士に身をやつす。

 勝利できなかった騎士の家の子の末路はそういうものだ。


 だが、どのような常識にも例外はあり、二十歳を過ぎてもろくに功績をあげられないくせに鍛錬と勉強を欠かさない騎士の子達がいた。

 ヴェルディ、ランジェロ。

 既に彼らは親から勘当されており、ファミリーネームを失っていた。


 家に帰れないとはいえ、決して軍の中も居心地がいいわけではない。

 下手をすれば息子のような年齢の騎士の子に「無能な年寄りオールドノービス」と罵られ、出世した平民からは「騎士崩れブロークンナイト」と嘲笑われる。

 それは仕方のないことだった。


 ヴェルディは非力なくせに高慢。

 ランジェロは考えなしに悪態ばかりつく。


 無能なだけでなく中身や態度も決して良いものではなかったからだ。

 それなのに、腐ることなく仕事や鍛錬は誰よりも真面目に取り組んでいた。


 そんな不気味で哀れな二人の噂を聞きつけて、一人の騎士が訪ねてきた。


 その騎士もまた変わり種だった。

 女性であり、騎士であるというのに甲冑や剣の類は持たず、賢者などと名乗っている。

 さらには帝国の騎士階級ではなく、西方の地からやってきたらしく身元もハッキリしない。

 名前はサラサと言った。

 彼女は騎士に任命されると同時に騎士団を作っていいと赦しを得たが、彼女の元に集う騎士はおらず、「ならば自分でスカウトするしかない!」と走り回っていた。

 その最中、軍にいる四人の噂を聞きつけたのだ。


「あなた達、ウチの子にならない?」


 二人を街のリストランテの個室に連れ出したサラサは捨て犬を拾うような気軽さで彼らにそう言った。

 もちろん二人は信じられなかった。自分も目の前の女も。

 だが、サラサは続ける。


「私はこのとおり剣は振るえないし、鎧も重くて着れない。

 騎士団なんて御大層なものを預けられちゃって困ってるの。

 だから、私の剣や鎧にあなた達がなってくれないかな?」


 自分よりも年若い娘にそう言われて、戸惑わないわけがない。

 たしかにあり得ないほどのチャンスだ。

 望んでも望んでも手に届かなかった騎士階級に返り咲くチャンス。

 だが、にわかには信じ難かった。

 口を最初に開いたのはヴェルディだった。


「サラサ、様。なぜ、私たちなのですか?

 騎士社会に伝手がなくともその若さで騎士団長に任ぜられるようなお方なら人は集まるはず。

 軍で人を探すにしても私たちよりもはるかに才がある者もいます。

 もし、憐みから救済されようとしているのなら、それだけはご容赦ください」


 ランジェロの気持ちをもヴェルディは代弁していたといえる。

 しかし、サラサは笑う。


「憐れんではいないわ。

 憐みとは敗者に向ける感情だもの。

 あなた達はまだ負けていない」


 その言葉に二人はハッとした。

 サラサは間髪入れず続ける。


「絶対に折れない剣、絶対に身を離れない鎧。

 そんなものは存在しないけど、絶対に負けない心は存在する。

 私があなた達を選んだ理由はひとつ。

 誰もが腐る環境の中であなた達の心は負けなかった。

 それが愛おしくて、欲しいと思ったのよ」


 サラサは二人の前に右手を差し出した。


「私に忠誠を誓って。

 あなた達が必要なの」


 誰からも信頼されず、期待を裏切り、見捨てられた彼らにとってその言葉は闇夜の光だった。

 その手の甲に頭を擦り付け、大の男達が涙をこぼした。


 後にヴェルディとランジェロの二人は六天騎士団の筆頭騎士、次席騎士と称せられそれに見合う実力者として帝国騎士の中でも存在感を発揮するようになる。

 二人はその生涯を自分を拾い上げてくれたサラサのために使おうと心に決めていた。


 帝国騎士団史に残る成り上がりを実現した二人の末路が最愛の人を失った世界で生き長らえ、北の大地の政争に巻き込まれて命を落とすなどと誰が予想しただろう。

 まして、敗北した相手が二人以上に恵まれない境遇から成り上がってきた者などとは。

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