第20話 激闘の果てに

 強さは俺に奴らと対等に、いや見下ろしながら話す権利を与えてくれた。

 その気になれば二人を殺すことは造作もない。

 昔とはまるで立場が逆転している。

 当時は「さぞかしお前らは気分が良いだろうよ!」と妬みまじりに憎悪したものだが、今となっては心境は複雑だ。


「六天騎士団が解体されたのは俺も聞いている。

 後継者であるユキの育成が終わり役目を終えたからだって。

 そんなお前らがどうして北の大地に来て、ジェラードなんかとつるんでる?

 アイツがやろうとしている事はこの地の平和を揺るがす行為だぞ」


 本国で過ごしているアンタたちには北の大地の事情が分かっていない。

 ベイリーズ総督を廃することで起こる惨事も……と続けようとしたが、ランジェロの大声に遮られる。


「平和!? 極寒の地で常に魔物たちに襲撃され、本国からの物資が届かなくなれば一年も保たせられないこの地が?

 寒さのあまり頭おかしくなったんじゃねえか?」

「だが、民は生きている! この地で生活を営んでいるんだ!

 それを維持するためには強い指導者、ベイリーズ総督の力が必要だ!

 なのにジェラードは権力を私腹を肥やすために使い、民を食い物にするだけでなく、あまつさえ総督に取って代わろうとしている!!

 あんな男にこの地を守れるか!

 アンタたちの目はそんなのも見抜けないくらい節穴なのかよ!!」

「分かってないのはお前だよ。

 ここの総督は明らかに皇帝に与えられた権限を逸脱して軍備を増強してんだろ?

 北面総督と言っても皇帝の家臣の一人であり、大きな騎士団のようなもんだ」

 いかに優秀だろうと皇帝に翻意を持つ者は許されねえよ!」

「総督は反乱なんて企ててない!

 自らの役目を果たすためにこの地に骨を埋めるつもりだ!

 だから俺はあの方の騎士になろうと思った!」

「暗殺者もどきがよく言うぜ!

 テメエだって気づいてるんだろ!?

 使い勝手の良い駒に過ぎないって!!」


 その言葉は少なからず俺の胸を抉った。

 だが、それでも心は折れやしない。


「駒の一つに過ぎなくても……汚い仕事を押し付けられても……それも俺の意志で選んだ道だ!!

 無力で流されていた子供の頃と同じじゃない!

 俺は自分の手で救えるものがあると信じたから、ここに立っているんだ!」


 俺は激昂した、がランジェロはまるで駆け回る子供を見守る親のような穏やかな目で俺を見る。


「すごいな。ドブの臭いを漂わせていたクソガキが一丁前に騎士みたいな思想を語りやがる。

 たしかに俺たちの目は節穴だったよ。

 お前のことを見くびっていた。

 血統も才能もない凡夫、いやそれ以下の落ちこぼれだと。

 それがたった三年の間によく育ったもんだ。

 技も、なかみも、カラダも……ククッ。

 ユキ様にも会わせてやりたかったよ。

 さぞ、あの方は喜ばれたろう」

「ああ? どういう――――」


 あれ? 何かおかしくないか?

 俺の目の前にいるのはランジェロと…………ハッ!?

 意識の外にもう一人!


「無駄だ。既に構築は完了している」


 低く重いヴェルディの声に身の毛がよだった。


【気配遮断】――――詠唱を邪魔されることを防ぐ魔術師が使うスキルの一種。

 名前の通り、気配を遮断するだけの技なので視覚や聴覚といった知覚はごまかせない。

 だが、ランジェロの大きな声と派手なリアクションによって意識を引き寄せられていた俺にはヴェルディの動きを完全に見落としていた。

 なんのことはない。

 この程度のピンチ、こいつらにとっては何度も潜り抜けてきたレベルのこと。

 仲間を信頼し万死の状況から勝利への糸を手繰り寄せに来る。

 やはり、コイツら本物の帝国騎士だ!!


「褒めてやるぜ。俺たちに姑息な手段を選ばせたこと」


 ランジェロのセリフは死刑宣告のようだった。

 続いて、ヴェルディの口から執行の合図が出される。


「《焼き尽くせ》――――【煉獄の浄光メギド・アーク


 ヴェルディの足元には俺がランジェロに気を取られているうちに描かれた魔法陣。

 そこに錫杖が降ろされ魔力が通い、必殺の大魔術が出現する――――


 予定だったのだろう。


「魔法陣……で良かった」


 俺がそう呟くとヴェルディの端正な顔が歪んだ。

 いつまで経っても魔術が出現しない。


「不発!? ば、ばかな!? 私の構築は完璧だったはず!?」


 慌てふためくヴェルディに俺は告げてやる。


「魔法陣なんて古臭い魔術、どうして廃れたかご存知ない?

 六天賢者の弟子の名が泣くぜ」


 ハッ、と自分の足元を見るヴェルディ。

 その双眸は大きく開かれゆっくりと俺に向けられる。

 きっと俺の目の中に浮かぶ紋様を見ているのだろう。


「ま……魔眼だと!?

 そんなバカな!?

 闘気の存在すら知らなかった平民の貴様がどうして魔眼なんて!!」

「ああ、皇族くらいにしかできない技らしいな。

 だけどそれはアンタらの線引きでの話だろう。

 できるかできないかは才能だけでは決まらないってことだ」


 ローザから魔眼のことは知りうる限り教えてもらっていた。

 奇跡じみた効果を発揮するそれは一部の皇族は生まれながらに持っているものだという。

 逆に言えば、鍛錬して得るものではない。

 得られないからこそ皇族の血の希少性と価値が高まり、ひいては皇室の権威に繋がる。

 そうやって優位性を保ってきたのだが、剣に闘気を通すようになって仮説が浮かんだ。


 魔眼とは、目を射出口にした闘気の放出。


 魔術は世界に干渉する術である以上、視覚で捉えることはできる。

 同様に闘気で武器を強化する場合も光として世界に現れる。

 だが、世界に干渉しない限り、闘気は視覚で捉えられない。

 ヴィヴィアンの【迅雷】の魔眼はその特性を最高に活用しているといえる。

 世界に干渉しないまま闘気を飛ばし、相手の体内で稲妻として発出する。

 理屈としてこれで辻褄が合うが俺には絶対にあの領域にたどり着けない。

 闘気を人間の体内に侵入させて発現させるなんて意味不明だし。

 その意味不明の部分があるからこそ、血統は血統たるのだろう。


 だから俺の魔眼コレは【魔贋まがん】とでも言うべき紛い物だ。

 ただ、闘気を放出するだけ。

 人体に影響を与えることも世界に現出することもできない。

 しかし、魔術式の構築を目で見える形で行なっている魔法陣ならば、その中に闘気を送り込むのはさほど難しくはない。

 緻密な歯車機巧に一片の小石が挟まれば動きを止めてしまうように、魔術式の稼働が妨げられる。


 要するに俺はヴェルディが魔法陣を作っていることに気づいた瞬間に【魔贋】を発動させ、それをキャンセルしていたんだ。


「……魔術、いや魔法陣そのものに干渉したか。

 しかし、それをあの一瞬で?

 貴様、どういう集中力をしているんだ……」

「やっと、俺を認める気になったか」


 この人達に見下されたことを忘れはしない。

 役に立たない、邪魔者、汚点。

 一方的に罵倒されてユキから引き離した。

 もちろんそれが無かったら今の俺はいないのだが、かといっていい思い出になんかなるはずがない。


「ジェラードは逃がしちまった。

 代わりにお前らの口から話してもらうぞ。

 あの悪党が何を企んでいたかを――――」


 俺が一歩足を踏み出した時だった。


「うおらアアアアアアッ!!!」


 ランジェロが捨て身で突っ込んできた。

 手を切り落とされ出血が止まらない状態にもかかわらず恐ろしいまでの迫力で襲って来る奴に俺は気圧され組み付かれてしまう。

 とんでもない膂力だ!


「こんのおおおおお!!」


 運足術――【震脚】!

 通常は床を強く踏みしめ音を鳴らしたり、威嚇に使う技だが容赦なくランジェロの足の甲に振り下ろす。


 パキャッ! と乾いた破裂音の後に、グシャグシャ! と骨が砕け肉を裂く音がした。


 だが、ランジェロの力は緩まらない。

 まずい、非常にまずい。

 躊躇いなく命がけで動きを止めに来た。

 つまり、自分が死を受け入れれば敵を倒せる算段がついているということ。

 そして、その算段の要はやはり――――


「ヴェルっっ!! 俺ごとぶっ飛ばせええええっ!!」


 ランジェロが苦悶の表情を吹き飛ばすように破顔し絶叫する。

 その巨体の背を蹴あがるようにしてヴェルディが俺たちの頭上に舞った。


「ランジェロ……っ!! 任せておけ!!」


 両手の掌中にあるのは凝縮された爆発系の魔術。

 アレは魔贋で干渉できない。

 ランジェロだけじゃなく、ヴェルディも捨て身。

 死んでも俺を殺す、そんな覚悟が迸る闘気から窺える。

 コイツらはっ!!

 帝国騎士二人がかりで平民の子を相手にしているとは思えないくらい容赦ないな!!

 こうなったら――――


 俺は大きく息を吐いて、呟く。


 《死……なない……!!》


 落とし込む。感情を。

 殺意によって相手を制するのではなく、恐怖からくる生き汚なさで自分を逃す。

 その為に最適な行動を。最適な肉体強化を。最適な思考を。最適な状況判断を。


 《俺は死なない》――――【変身トランス


「イヤアアアアアアアッ!!」

「んが!?」

「!?」


 俺の甲高い叫び声にランジェロとヴェルディは面食らったのだろう。

 ほんの刹那の瞬間、俺を殺す意思に迷いが出た。

 集中力の散漫を俺は見逃しはしない。

 ランジェロの手の取れた手首を指でえぐり込む。


「イッ!?」


 怯んだランジェロから右腕の自由を取り返すと、拳に闘気を集中させる。


 《死ね》


 ヴェルディが焦りを堪えて俺の眼前に掌を近づける。

 だが、もう遅い。


 《死ね》


 拳をヴェルディの掌に叩き込む。

 俺の拳は中だけでなく外も闘気を纏わせている。

 魔術と発現した闘気は互いに反発し合い――――


「小僧っ!!」

「くそうっ」


 膨れ上がった風船のように爆発寸前。

 そこに俺は、


「し…………ねええええええええっ!!」


 ありったけの闘気を叩きつける。

 次の瞬間、流星が衝突したような爆発が起こり、俺のいた部屋は瓦礫とかした。



「っててて……、危なかった」


 爆発から数秒後。

 立ち上がった俺は自分のズタボロの右腕を見て安堵する。

 腕一本はくれてやるつもりだったが、思いの外上手く行ったようだ。

 これならば治療は十分可能だ。


 一方、奴らは――


「がハッ!」


 ランジェロは下半身を失い、虫の息だった。

 出血は大量、必要な臓器もまろび出て助かる見込みはない。


「……チッ」


 俺を一瞥し、悔しそうに目を背ける。

 激痛と死への恐怖に苛まれているのだろうか、身体が不自然なほどに震えている。

 俺は剣を構えて、


「介錯してやる」


 というと、ランジェロは、


「……くくっ、こんなことになるなら、やっぱり、あの時……お前を殺しておくべき……だったな……」


 不適な笑み混じりにそう言ったランジェロの首を俺は糸を通すように切り落とした。


 ヴェルディは、その様子をじっと眺めていた。

 こちらも両腕を失い、血色は失われている。


「アンタら……こんな凄絶な死に方しなきゃならないほど、何をジェラードに握られているんだ?

 愛人も突き飛ばして逃げたあんな奴にアンタ達ほど根性の据わった連中が命を賭ける理由ってなんだ?」


 俺の問いにヴェルディはうっすら笑う。


「私もランジェロも、あのジェラードとかいう愚物のために命を賭けたなんて微塵も思っていない。

 ただ、我々の悲願の成就のためにはあの男に悪さをしてもらった方が都合がいいというだけだ」

「都合がいい……その程度のことのために死ぬのか」

「貴様が思っているよりも人の命など安いものさ。

 いや、そもそも我々は生きてなどいない。

 自分の命を捧げたいと思えるほど大切な人に出会い、愛でられ、力を授けられた。

 なのにその御恩を何一つ返せず、身を犠牲にして庇うことすら出来ず、あの方を殺されてしまった我々のような役立たずは!

 生きてなどいない……ただ、死んでいなかっただけだ」


 口から血を吐き散らかすヴェルディ。

 もう長くはもたない。



 この期に及んでも俺を見下してくるコイツはやはり鼻持ちならない。

 こんな奴に育てられたユキもきっとロクな影響を受けていないだろう。


 だけど…………


「アンタ達は、ユキを育てた。

 大切な人が遺した子供を底辺冒険者から取り上げて。

 実に英断だったと思うぜ。

 そうしなきゃアイツは埋もれていたか、運が悪けりゃ下水道でくたばってた。

 拠り所にしてた六天騎士団も、ユキの枷にならぬよう葬り去った。

 アンタらほど……忠義に生きた騎士、そうそういないだろうが!!」


 怒っている。理不尽に。

 手をかけたのは紛れもなく俺。

 殺したくなかった、なんて自惚れた侮蔑の言葉を吐くつもりはない。

 それでも、目の前で絶望の内にこの男が死んでいくのが許せなかった。


 ヴェルディはかすかに驚いたような顔をした後、意地悪く唇を歪めた。


「やはり……貴様は凡人だ。

 ユキ様から…………貴様を取り上げてよかった……

 優し、過ぎて…………あの方を鈍らせ――――」


 割れた果実のように血飛沫を吐いた後、目から光が消え失せた。


 元とはいえ、本国の騎士団員ふたりを真正面からねじ伏せられた。

 実力的には大金星。

 なのに、満足感や達成感はなくため息が漏れる。


「……最悪だ」


 標的には逃げられ、恨み募る相手を打ち倒したのに後味が悪い。

 総督にこの始末を報告することを考えると気が重い。

 もしかすると、首をはねられるかもしれないな。




 ボロボロになりながら家に辿り着いた俺は扉を空けて中に入るとすぐうずくまった。

 すると待ち構えていたかのようにローザとアッシュが俺に駆け寄ってきた。


「ひどい怪我じゃない! アッシュ! お湯沸かして!」

「う、うん!」


 ひどい怪我……ああ、そう言えば右腕をやられて……


「いや、そんなことよりも……逃げよう。

 任務に失敗した。

 口封じのために暗殺される。

 俺だけじゃなく、一緒に暮らしているお前らも……

 ベヘリットこの街から逃げるんだ。

 もっと暖かい、穏やかな場所で」

「しっかりしなさい!

 いや、やっぱ寝ちゃいなさい!

 バカなこと口走っている暇があるならね!」

「早く逃げないと……早く」

「寝なさいって言ってるでしょうがっ!!」


 パァン! 冷たくなっていた頬に熱いほどの痛みが走る。


「叩いてゴメンね! はい謝った!

 冷静になって!!

 霊薬の類は隠し持っているでしょう!

 アレつけて眠ったらある程度回復できるじゃない!

 逃げるのはそれからよ!」

「でも、それじゃ……」

「大丈夫! この家には誰も近づけさせない!」


 そう言ってローザは愛用の弓矢を顎で指す。


「コウが起きるまで煙突の上で見張ってる。

 私の腕は信用できない?」


 大きな瞳を近づけて俺の目を見てくるローザ。

 ローザの言うとおりだ。

 俺は疲れすぎて冷静さを失っている。

 ゆっくり眠りたかった……はず…………なのに――――


 ローザの胸に鼻を埋めるようにして、俺の意識は途切れた。

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