第19話 予想外の再会

 今日の標的は総督府副総督のジェラード伯爵。

 今まで暗殺してきた者のほとんどはこのジェラードの息がかかっていた。

 自分の周りで暗躍していた者たちが次々と殺されていることに危険を感じ、ついに本国の反ベイリーズ勢力の力を集め、クーデターを企てたとのこと。


 ハイネスガードになってようやく分かったことだが、思っている以上に帝国の内部は一枚岩に程遠いらしい。

 押し寄せる魔物の脅威から民を守ろうと考えている上層部に対し、権力欲にまみれ足を引っ張って自分がその立場に成り代わろうとする政治屋という者が多すぎる。

 皇族でありながら極寒の北の大地に根を下ろし、四六時中戦場に身を置いているようなベイリーズ総督を本国でヌクヌク舞踏会などを開いている貴族どもが邪魔者扱いする。

 どう考えてもおかしい事なのにそれを皇帝陛下はお止めにならない。

 そんな手足に枷をかけられた状態でも戦わなきゃいけない人々の手によってこの世界はギリギリのところで持ち堪えている。

 英雄が一人いれば解決するような御伽話は現実にはあり得ないと知った。




 包帯で顔をグルグル巻きにし、身体にピッタリとフィットした軽装に身を包んだ俺は息を殺しながらジェラードの屋敷に侵入し、奴の寝室の前にたどり着く。

 扉の向こうからは女の熱っぽい嬌声が聞こえてきた。

 それに混じって男のだらしなく漏れる声が聞こえる。

 いいご身分だこと。

 死ぬ前に良い思いができて、思い残すことはないだろう。



 集中力を高める。



 扉を蹴破り、瞬時に首を刈って窓から離脱。

 それだけでいい。

 後の始末は総督がやってくれるだろう。



 一気にキメる!

 《死――――


「させねえよ」


 っ!? 俺の後頭部が誰かに掴まれ、そのまま扉に叩きつけられた。

 木製の扉はバキバキと音を立てて壊れ、俺の頭は寝室の絨毯に押さえつけられる。


「いやあああっ!!」

「うおっ!? な、何奴!?」


 ジェラードと愛人らしき若い女がベッドの上から転げ落ちてきた。


「ああ、伯爵殿。気にせず続けてくれて構わねえぜ。

 賊を殺すのに一秒もかからないからよ」


 俺の頭を掴んでいる男が笑いながら言う。

 ……この声、どこかで――――




『お前みたいな雑魚冒険者が話しかけて良い人間なんてここにはいねえ。

 俺たちの話すことを黙って聞いて、質問されたことだけに答えろ』


『テメエに知られないようにユキ様はわざと力を隠していたんだよ。

 どこぞの底辺冒険者のガキが知ったら良いように利用されるに決まってるからな!』



 あの時あの場所で俺を見下し嘲笑っていた男……


「やめておきなさい。

 ジェラード卿の寝室を汚すのは不敬ですし、それに誰の差し金か吐かせなくては。

 聞くまでもないでしょうがね」


 この声も聞いたことがある……





『君のことだよ。ユキ様にとっての汚点とは。

 賢者たる者は清廉であるべきなのに、あんな糞尿の匂い漂う馬小屋で獣のように交わるなど……

 君も村も皆殺しにしてしまった方が禍根を残さないのかもしれない』




 塵を見るように冷たい目で俺を見下ろしていた。


 ああ、忘れるはずがないな。

 しかも二人セットでとは!!


「《死……ね!!》」


 トランス――――発動!!

 同時に闘気を体外に放出する。

 体外に放出された闘気は魔術さながらに光を持って現出し、衝撃波を発生させる。

 俺の身体を掴んでいた手の握力が緩む一瞬を見逃さなかった。


「でやあっ!!」


 すかさず蹴りを放つと男の腹部に直撃した。

 その反動で後方に転がり、間合いから離れた。


 優先順位は、ジェラードの抹殺だ!

 俺はコートの内側に備えた針を手に取り、奴の喉元に狙いを定めた――――が、


「【八連火矢アハト・ブラスト】」


 俺に向かって飛んできた炎の矢に気づき、飛んで避ける。

 矢は羽虫のように変則的な軌道で俺を追いかけ続ける。

 追尾型の魔術。同時に八つ。

 それだけの魔術を無詠唱で放ってくるとなれば、使い手は高位の魔術師。

 そうたとえば、賢者と呼ばれるような人物に教えを乞うた――


「六天騎士団っ!!」


 奴らの名前を呼びつけ、コートの裏に仕込んだ針、六本全て放つ。

 放たれた八本の火矢の内、六本を相殺する。

 俺の身体に向かってくる残りの二本は剣で弾き落とした。

 通常、固体化されていない魔術攻撃を剣で斬り伏せるのは不可能だが、闘気を纏わせた剣であれば気の干渉作用により弾くことが可能だ。


 俺は視線を二人の男に向ける。

 ああ、やっぱり。

 あの時より若干老け込んでいるように見えるが間違いない。

 見間違えるはずがない。


「おい。その名で俺たちを呼ぶんじゃねえ」


 ガラの悪い大男――――ランジェロは不愉快そうに首を鳴らして睨んできた。


「ただの賊ではない……やはり、総督の手の者ですか。

 これでハッキリしましたね。

 やはり、ジェラード卿に力を貸す必要がある!」


 高飛車な喋り方の伊達男――――ヴェルディが咎めるように杖を俺に突きつけてきた。

 


 間違いない。

 あの日、ユキを連れて行った六天騎士団の二人だ!


 俺と六天騎士団の二人が対峙しているのを脇目にジェラードが逃げ出そうとしているが、女に腰を掴まれた。


「この……放せっ!」

「む、ムリよぉ! 腰が抜けて……お願い!

 私を背負って――――キャアっ!」


 ジェラードは拳で女の顔を殴り付け、手が緩んだところで強く突き飛ばした。

 床にうずくまる女を尻目に全裸で逃げようとする。


「させるか!」


 俺は最速最短距離でジェラードに飛びかかり首を切ろうと剣を振るう。

 が、横入りしてきたランジェロによって弾かれてしまう。


「無視するんじゃねえよ。

 お前の相手は俺たちだ」


 ニヤリと笑い、ランジェロは猛烈な勢いで剣技を繰り出す。

 六天騎士団は魔術に特化した異色の騎士団のはずだがコイツの剣技は至って正道。

 しかし、それ故に堅実で強く打破する糸口が掴めない。


「おい! お前ら邪魔をするな!!

 あのジェラードはクーデターを企てている悪党だぞ!!」


 俺は説得しようとした。

 六天騎士団はたしかユキがナイツオブクラウンに選出されると同時に解体されている。

 コイツらが今、どういう立場にあるのかは分からないが同じ帝国の騎士には違いない。

 それに曲がりなりともユキを育て上げた人たち……話し合えばわかる、と思っていた。


「暗殺者とくっちゃべる趣味はねえよっ!!」


 ランジェロはナタのような形状の短刀を抜刀し俺に突っ込んできた。

 猛然と振るわれる剣撃。

 俺は後ろに下がりながらかろうじてしのぐ。


「バ、バカ野郎っ!! 帝国騎士同士で争ってどうするんだ!?」

「帝国貴族に刃を向ける奴が帝国騎士?

 ハッタリならもう少しマシなの考えなっ!」


 力を溜めて放たれた奴の一撃をいなし、顔面に蹴りを見舞って距離を取る。

 ランジェロの口元に微かな血が滲み、驚くような目で俺を見てきた。


「……なかなかいい腕じゃねえか。

 ただの賊じゃねえな」

「おそらくは総督が独断で任ぜられた北面騎士だろう。

 はみ出し者の紛い物という意味では我々に似ているではないか」


 ヴェルディは自虐気味にそう言った。


「違いねえな。だが、はみ出してはいるがこっちはモノホンってことを思い知らせてやる。

 るあああああああああっ!!」

 

 咆哮を上げ、ランジェロの猛攻が襲い来る。

 さらに後方に控えたヴェルディが詠唱を始める。


「《天空より降り注ぐ雨はその身を凍てつかせん》――――【冷徹なる舞踏レイン・ダンサー】」


 何百もの氷柱がヴェルディの前方に陣形を描くように並び、次々と俺に向かって襲いかかってくる。

 さっきの火矢のような追尾性はないが高速の上、数が多すぎる!

 しかもランジェロの動線にはギリギリのところで侵入しない。


 長年かけて練り上げられた阿吽の呼吸。

 俺の目の前にいるのは本物の帝国騎士だ!

 余計なことを考えるな!

 そんなことしたら、死ぬぞ!!


「……フーーッ」


 大きく息を吐き、意識を体内に向ける。

 体内で発生させ常に漏れ続けている俺の闘気。

 それを剣に流し込み、型と為す!


「【閃光斬・烈】っ!!」


 身体能力の向上が闘気をつかった戦法の基礎だとすれば、武器を強化し技を術に変えるのは応用に当たる。

 闘気を体内で操作することができる騎士や冒険者はそれなりにいるが、体外に闘気を放出しそれを武器に纏わせられる者はほとんどいない。

 俺には恵まれた血統もなければ、闘気の質は悪く、病的な集中力でトランスし短時間だけ誤魔化しながら戦うのが精いっぱいの非才の凡人だ。

 だが、俺の闘気の質の悪さはただ悪いことだけではなく、ほとんどの者が辿り着けない闘気の体外放出を生まれながらに可能としていた。

 そのことを見抜いていたサンドラは早い段階で俺にその術を仕込んだ。

 帝都を追われた後は実践の中で鍛え上げ、今では自由自在。


 振り抜いた剣の軌道には太陽を爆発させたような白い輝きが生まれ、その輝きは自らに触れるものを全て破壊する。

 ヴェルディの放った氷柱も俺に迫っていたランジェロの右手も壊れたガラス細工のように床に散らばった。


「ぐおおおおおっ!! クウッあああっ!!

 《ヒール・ダブル》! 《ヒール・ダブル》!」


 ランジェロは血を垂れ流す右腕の傷口に繰り返し治癒魔術をかけて止血する。

 戦士型とはいえ流石に六天賢者の弟子。

 治癒魔術くらいは使えて当然か。


「ランジェロ! 退がれ!

 手を失った貴様では攻め手がない!!」

「うっせえよ、優男!

 軟弱なお前にこのレベルの使い手相手に接近戦ができんのかよ!?

 秒で殺されるぜ。

 大人しく後ろから俺の援護をしろぉ!!」


 互いにかばい合うように罵り合う二人。

 ……くそっ!


「やってられるか! こんな戦い!!」


 俺は自棄気味に叫んだ。

 ヴェルディとランジェロはキョトンとした顔をしている。


「いつかはお前らまとめてギャフンと言わせてやりたかったし、正直、修行のモチベーションの半分くらいはお前らに対する逆恨みだったけど、こんなの最低の戦いだ!!」


 相手が魔物や外道なら良い。

 そいつらは力でねじ伏せられて仕方がない理由があるからだ。

 だけど、仲間を庇い合うような騎士たち……しかも、俺の幼馴染を育て、自らの騎士団を解体してまで忠義を果たしてくれた連中を俺は斬ることなんてできない!


「頼むよ、今度は俺にも話させてくれよ……

 今の俺にはその資格があるはずだぜ」


 俺は顔を覆っていた包帯を外した。

 瞬間、二人は目を丸くする。


「お前……あん時のガキ!?」

「ユキ様の……」


 驚く二人の反応に胸の中で何かが解れるのを感じた。

 多分、コイツらが俺のことを覚えてくれていたのが嬉しかったんだろう。


「へっ。三年ぶり……くらいか。

 幽霊でも見たような顔をしやがって。

 それはお互い様ってやつだ。

 俺だってこんなところでアンタらに出くわすとは思っていなかった」

「幽霊……そうだな。

 どうせプライド拗らせて冒険者続けて野垂れ死ぬ揉んだと思ってたぜ!

 てめえ、この三年で何があった!?」


 ランジェロは高圧的な態度を崩さないが、口元に不適な笑みを浮かべている。


「いろいろだよ。三年もあれば人は変わるだろ。

 あの臆病だったユキが末席とはいえナイツオブクラウンに所属しているんだ。

 俺がアンタらを圧倒できるくらい強くなっていてもおかしくない」

「チッ……悔しいが、利き手を切り落とされて劣勢を認められねえほど頑迷じゃねえよ」


 ランジェロは手がなくなった方の腕を上げて「降参」といった素振りをする。

 俺はひとまず胸を撫で下ろした。

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