第17話 汚れ仕事と救済

 ハイネスガード。

 皇族、もしくはそれに連なる貴人を守るための護衛を祖とする役職であり、領主直属の近衞騎士の中でも特に戦闘に秀でたものが選ばれる。

 主な職務は主人の警護…………のはずだが、俺のやらされていることは総督の統治下で秩序を乱している者たちへの粛清だった。


「た、頼む! 見逃してくれ!!」


 俺の目の前で肥え太った中年の貴族が無様に尻餅をつきながら命乞いをしている。

 周りには彼を守る護衛の兵がいたが全員喉をかき切られ息絶えている。

 サンドラに仕込まれた運足術颯々は音を立てず高速で移動する。

 夜の闇に紛れ屋敷に侵入し、対象を葬る。

 こんな汚れ仕事をいつかやることになるとサンドラは予測していたのかもしれない。


「見逃す? それはあなたが本国から総督宛に送られた生活物資をちょろまかしていたこと?

 その物資を高値で商会に転売していたこと?

 それともその利益で食い詰めた冒険者どもを雇い、邪魔者たちに暴力や脅迫の限りを尽くしていたこと?」

「だ、だが殺しまではやっていないだろう!!

 そのように命じて――――はっ」


 俺は呆れながら男の口に蹴りをぶち込んだ。

 頑丈な魔獣の革で作られたブーツは容易く歯をへしおり顎の骨を砕く。

 男は口を押さえてうずくまるが声は出せない。


「お前の手の者に犯された騎士の妻は自ら命を絶った。

 薬の供給が追いつかず値段が高騰して買えなかったため病が重篤化し亡くなっている庶民がごまんといる。

 だからお前は、罪を償わなければならない!」


 目の前の男の罪を数えた後、一呼吸おいて告げる。


 《死ね》





「どうも、ありがとう御座いました。

 これで思い残すことはありません」


 痩せて目が落ち窪んだ男が俺に頭を下げる。

 彼はこの屋敷の主人の弟であり俺を屋敷に招き入れた。

 そして兄の不正、暴虐を総督に告発したのも彼である。


「あなたも騎士だろう。

 生きてこれからも総督に仕える気はないのか?

 俺が執りなしてもいい」


 俺がそういうと彼は悲しそうな顔をして首を横に振る。


「それには及びません。

 私が騎士になったのも、妻を娶るのにふさわしい身分を手に入れるためでした。

 そのような不純な動機だったから、神は私を罰したのでしょう」


 彼は油の染み渡った絨毯に燭台の火を近づける。


「それに、手を汚したあなたには悪いがこのような暗殺紛いのことに加担して騎士は名乗れません。

 お先に失礼いたします、妻が待っておりますので」


 絨毯に火が落ち、瞬時に部屋が炎に包まれる。


「嫌なことを言いやがる」


 加担するだけで騎士失格なら実行犯の俺はどうなる?

 ああ、だから平民上がりの騎士を使っているのか。

 貴族様や騎士様からすればプライドが許さないようなことでも、気にせずやってくれると。

 総督殿はなかなかに人が悪い。

 もっとも、一番悪いのはこんな汚れ仕事をなんとかして自分の中で正当化しようとしている俺なんだろうけど。


 炎に巻かれていく騎士男に背を向けて部屋を後にした。



 



 どんどん火が回っていく屋敷。

 屋敷に住み込んでいる者や警備の兵も慌てて外に逃げ出している。

 誰一人主人の元に向かわないのはさすがというかなんというか。


 思わず苦笑しながら脱出する予定の裏庭に向かっていると、


「む…………」


 微かだが闘気の放出を感じる。

 方向は地下……まさか地下牢でもあるのか?

 ここの主人なら持っていてもおかしくないか。


 闘気を辿ると広間の絨毯の下に隠し階段があるのを見つけた。

 ここまで火の手が来るのに数分もない。

 荒っぽく蓋となっている鉄板を蹴破り、階段を降りる。

 漂う糞尿の臭いと眼に見えるほどの不潔さ。

 懐かしい下水道の雰囲気だ。


「誰かいるのか!?」


 大声で呼びかけたが土の壁に音は吸収され反響は起こらない。

 だが、耳を澄ますと奥の方から金属を叩く音が聞こえた。

 音の方角から微かに感じるのは獣と人の匂い。

 音の方向に向かってしばらく走り、たどり着いたのは土壁を利用し鉄格子で閉じられた牢獄だった。

 ヒト二人が横になれば埋まってしまうような狭い牢獄の中で這いつくばりながらも鉄格子を叩いていた、彼の姿を目の当たりにする。


「……まさか、獣人?」


 思わず口走っていた。

 狼のように尖った耳が頭の高いところに生えており、痩せ衰えた体の臀部からは尻尾が。

 そして全体的に毛深い。

 だが、基本的にはヒトそのものだ。

 顔の作りも二足歩行に適した体の作りも。

 俺と同じか少し年下の少年といった風貌だ。

 あまりにやつれていて確信は持てないが。


 北の大地の伝承で聞いたことはあった。

 シャッティングヒルの向こう、北元郷には銀色の狼が棲む。

 その狼は北元郷に迷い込んだ者を殺し尽くすが、子供だけは殺さず、それどころか手元に置いて育てる。

 狼に育てられた子どもは次第にヒトの言葉も記憶も忘れ、そして狼の耳や尾や牙を持った獣人となる。


 子供を怖がらせる類の作り話と思っていたが、実際に目にしてしまうと信じずにはいられない。


「…………い……」

「ん?」


 獣人の口元に耳を寄せる。


「死にたく……ない……」


 彼は息も絶え絶えにそういった。


「……だよな」


 俺は彼の目の前の鉄格子を剣で叩き切った。


「俺に任せろ。助けてやる」


 わざわざ宣言した。

 後味の悪い暗殺の任務の余韻をわかりやすい人助けで拭いたかったからかもしれない。

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