第15話 ごめんなさいとありがとう(ローザ視点 回想)
猛然と拳と脚を振るい男たちの接近を許さない。
服が破れ肌が露わになっていることなんて気にしていられない。
もっと動け! と自身に命令するが体力の限界が近い。
男たちはそれを分かってか、距離を詰めずに棒切れで牽制するようにして消耗戦の構えだったが、一人の男が捨て身で突っ込み私の腰にしがみついた。
すると押し倒された私に群がるように奴らは押し寄せ、あっという間に拘束される。
諦めるな!!
もう一度! 叫んで闘気の充填をするんだ!
「私は……っ!」
「いいかげん黙ってろよ!」
一番強そうな男は私の口の中に汚い布を突っ込んだ。
息ができなくて慌てた瞬間、繰り出された男の拳に鼻を潰された。
鉄の味が鼻の奥と口に広がり、興奮状態が収まり戦意も尽きた。
「こ……のクソアマあああ!!
早くやっちゃってくださいよ!!」
「ギャハハハ! スコットお目覚めかい?
良い男が台無しだな。
商売上がったりじゃねえか」
顔の半分が赤黒く腫れ上がり歯抜けになったスコットが私を見下ろして怒り狂っている。
ああ、どうせ逃げられないならコイツだけでもちゃんと仕留めときゃよかった。
「顔のもう半分も潰してやりたい」
と言ったつもりだったが、口の中に布を詰め込まれている私の言葉は誰にも届かない、ように見えた。
「ローザ!! テメエは楽に死なせねえ!!
絶対に!! 絶対に!! ぜったぁぁ――――」
スコットの声が止まった。
奴の背後に何かの影が立っている。
その影はスコットの口に手をかけて、
ベリッ! と頬をちぎった。
「ーーーーーーーーーっ!? ーーーーーぅ」
《死ね》
スコットの声にならない叫びに重ねられた静かな呟きの後に、ズバァアンっ!! と凄まじい炸裂音が部屋に響き渡った。
ちゃんとは見えなかったけど、おそらく超威力の掌底……それがスコットの綺麗だった顔の半分をグシャグシャに壊した。
その残虐過ぎる有様に恐怖を抱いたのか闖入者から距離を取るために私を押さえつけていた男たちは後ろに下がっていた。
「リクエストに応えたぜ。ローザ」
……ああ、すっごい怒ってる。
こうなったコイツは怖いんだって思い知っている。
だけど、すっごくカッコいい。
そして、安心してしまう。
「
「ちゃんと喋れよ、バカ」
そう言ってコウは私の口から布を取り出した。
私の血が滲んでいた。
それを一瞥してコウは私にコートをかけた。
「さて……だいたい状況は分かった。
冒険者ギルドでも噂になっていたからな。
若い女を拐って好き勝手しているゴブリンみたいな連中がいるって。
世間話くらいは耳に入れるために外には出ておくもんだぜ」
最後の一言は明らかに私に対するお説教だ……
反論できないですよね。
「なんだテメエ!! 正義の味方気取りか!」
「へへ、なかなか可愛い顔してんじゃねえか。
まとめてかわいがってやるよ!」
「殺しちまえよ! めんどくせえ!!」
男達は威嚇するように口々に叫ぶ。
だがコウは怯むどころか怒りをさらに露わにする。
それは風に煽られて燃え盛る火炎のようだった。
「ちっとは腕に覚えがあるみたいだが、調子に乗るなよ。ガキぃ。
この北の大地で二十年冒険者やってきた俺様が、世の中の怖さを教えてやるぜえええ!!」
私を殴りつけた男がコウに襲いかかる。
いつのまにか男の手には
あんなもので殴られたら人の頭蓋骨なんてひとたまりも無い! が――
「フッ!」
コウの拳がナックルごと男の拳をぐしゃぐしゃに粉砕した。
「あぎゃああああああああ!!!」
砕けたナックルの破片が傷口に突き刺さって悲惨なことになっている。
「ぴーぴー騒ぐなよ。てめえの拳、反吐が出そうなほど臭うんだよ。
一体何人の女の血を吸ってきたんだ?
ああ……別にお前だけじゃねえか。
お前も。お前も。お前も。お前も……」
部屋の中にいる男たち一人一人を睨みつけるコウ。
その迫力もさる事ながら、立ちのぼる闘気の量が……尋常じゃない!
この街に辿り着いてからも成長しているとは思ってた。
だけど、ここまで……これじゃあ騎士団長クラスとも渡り合えるんじゃ……
「みんなまとめて――――《死ね》!」
凄絶とはこの事だった。
フルパワーで暴れ狂ったコウによって男たちは全員治癒不可能な重傷を負った。
死人が一人も出なかったのはコウが加減をしていたから。
だけどそれは優しさとは思えない。
逆に死なせない事で苦しんで自分たちの行いを悔いる時間を与えているように思えるほど、酷いザマだったのだ。
おかげでコウは街の治安を乱す不定の輩を鎮圧したにもかかわらず、ベヘリットを統治する北面提督とかいう大貴族の元でいろいろ取り調べられることになるんだけど……それは別の話。
そんな話よりも、私にとって重要なのはコウにおんぶされながら家に帰った時間の方がずっと大事だ。
ズタボロの私をおぶってコウは雪の中を歩く。
一歩ごとに膝くらいまで埋まってしまう深い雪の中を。
「コウ……ゴメンなさい」
「どれについてだ。お前は俺に謝るべきことが多すぎる」
「えへ……数えるの面倒だから全部まとめて、ゴメンなさい」
「ちっ。ロクでもねえ女」
悪態をつきながらも声音に笑みが混じっている。
「ねえ、どうしてあの場所が分かったの?
そもそも、どうして私が危ないって」
「そりゃあ、一年以上も旅をしてたからな。
お前が放つ闘気の感じくらいは離れていても分かるよ。
恵まれた血統に感謝しときな」
最後まで諦めずに暴れ回ったことが功を奏したのか。
ちょっとだけ達成感がある。
「なるほど。でもぉ、さすがに家の中にいたんじゃ分からなかったでしょう。
やっぱり、私のこと街中探しまわっていてくれたのかな? かな?」
「…………ケッ」
バツが悪そうにコウは頭を掻く。
栗色の癖毛。汚れても傷んでもお構いなし。
旅の途中、何度も私が無理やり洗ったり散髪したりしてあげたっけ。
サワサワとコウの髪に触れる。
「くすぐったいからやめろ」
「コウなら長くしても似合うと思うよ。
ドレス着て、お化粧して、優雅なダンスの一つでも踊ったら大抵の男はイチコロよ」
「面白い冗談だ。その時はどちらがモテるか競争してみるか」
それからしばらく、沈黙が流れた。
その沈黙を先に破ったのはコウだった。
「助けに来たのがどこかの貴公子じゃなくて俺なんかで残念だったな」
「突然なに言い出すの?」
「お前の人生狂わせたの…………九割方お前の自業自得だと思うけど、俺のせいも少しあるから。
もし、俺の中身知ってたらお前ついて来なかったろ」
コウの中身……うん、たしかにそうでしょうね。
だって、コウのことを知ってたら私は恋に落ちなんかしなかった。
それは不毛で可能性のない夢なんだから。
「騙されたなんて思ってない。
だけど……
もし、あなたが私を抱いてくれたのなら――
嬉しくて嬉しくて、他に何も要らなくなるんだけどな」
自分でも分かっている。
いい男と寝たいとか結婚したいとか、全部代償行為だ。
コウが私のものにならないことを分かっているから。
「そんなこと、できるわけない」
コウはそう言って不機嫌そうに足元の雪を蹴散らした。
「わかってるよ。十分わかってる。
それでも、私は好きだよ。
あなたのこと」
もし、コウが幼なじみの男の子だったら。
からかったり、わがまま言ったり、たくさん振り回したと思う。
そして、絶対に離さなかった。
身分がどうだとか、釣り合いがどうだとか、誰に何を言われようと捨てたりなんかしない。
だから、私は憎い。
私に無いものを全部持っている
上手くいかないなあ。人生って。
「なあ……ローザ」
コウは雪の降る音にすら消え入りそうな声で囁く。
「俺といてくれてありがとう」
感謝の言葉が申し訳なさに滲んでいる。
それが切なくて、私の冷たい頬に温かい涙が流れた。
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