第13話 痴話?喧嘩(回想)

 ベヘリットに住み始めてすぐ、その事件は起こった。

 俺は冒険者ギルドで登録し、早々に魔物狩りや護衛の任務をこなしていたが、ローザは家でとりたてて何もすることなく、のんびりと過ごしていた。

 それはもう隠居した老人のように。



「そろそろお前も働いたら?」

「…………」


 ある日の夕食時に俺が切り出すとローザはそっぽを向いた。

 構わず俺は続ける。


「別にお前を食わすくらい大したことじゃないけど、いつまでもこうしてはいられないだろ」

「そんなの言われてもお外寒いし」

「極寒地帯だからな」

「てか、そもそも私って貴族令嬢なわけじゃない。

 庶民に混じって汗水垂らして働くのは何か違うと思わない?」

「俺と一緒に泥水啜って足のマメ潰しながら旅して来ただろうが。

 仕事できないほどか弱いなんて口が裂けても言わせねえぞ」


 そうなのだ。

 この女、これで意外と根性がある。

 ブーブー言いながらも毎日数十キロの行程を歩いてついてきたし、食糧が足りない時は草の根を噛んで飢えを凌いでいた。

 挙げ句の果てには旅の途中「弓矢ならちょっとデキる!」と言い出したものだから、期待せずに弓矢を与えてみると…………ちょっとどころの才能ではなかった。


 豆粒程度にしか映らないほど遠くの標的を撃ち抜く。

 空を自由に舞う鳥を撃ち抜く。

 硬い皮膚をした牛型のモンスターを撃ち抜く。


 拾った安物の弓と自作の矢で。


 なんでも、ローザの実家であるレンフォード家は弓術家の名門。

 太祖は弓聖と呼ばれるほどの英雄で帝国騎士団長クラスの弓使いを何人も輩出しているのだという。

 家訓により女人は騎士になることを禁じられてはいるが、身に付けた技は血によって次代に受け継がれるという言い伝えに基づき、子女には分け隔てなく鍛錬を課しているのだとか。

 中でもローザは男児でないのが悔やまれるほどの腕前で、家訓を変えるか当主は本気で一門会議を開いたらしい。

 もっとも、その才能の扱いにくさと希少価値が理由で武門の大家を作りたいと考えていたバルメロに嫁がされそうになったのだから何が幸か不幸かなんてわからないもんだ。



「お前には弓術の腕前があるだろう。

 しかもふざけたレベルの。

 お前が後ろについて来てくれたら俺的にも助かるんだけど」

「冒険者なんて絶対嫌っ!!

 弓使いなんて距離を詰められたらただの置物よ!!

 秒で死ぬわよ!」

「堂々と役立たず宣言するんじゃない。

 だったら体術の稽古すりゃいいだろうが。

 元々、闘気のコントロールはできてるんだし。

 ちょっと稽古すりゃ俺以上に」

「体術の稽古なんてしたら身体がボロボロになるじゃない!

 弓の稽古だって指の皮が剥けたりするからすごくお手入れして気を使ってるのよ!」


 家事をしているのかすら怪しいほど綺麗な白魚のような手。

 ……明らかに人間から出ない香りがしてる。

 こいつ、また美容品とかいうのを買いやがったな。


「そんなに綺麗にしてなんかいいことあるの?」

「綺麗にしとかないといい男が寄ってこないじゃん! バカなの!?」


 おまえこそバカなの?

 というかいつまでご令嬢気分なんだ。

 そもそも聞けば聞くほど帝国の貴族というのは平民とは比べものにならないほど強くなれる才能と環境に恵まれている。

 俺のように短期決戦を前提とした変身トランスに頼らなくても常時身体強化できるだけの豊富でコントロールしやすい闘気。

 幼少の時期から様々な武術の指導を受けることもでき、学院など切磋琢磨できる場所もある。

 その上、学院で必要な課題をこなすことができればそれだけで騎士となることができる。

 実際、ナイツオブクラウンをはじめ有能な騎士のほとんどは貴族家出身だ。

 そういう事実が俺を苛立たせている。


 どうして俺よりも才能にも環境にも恵まれているのに有効活用しないんだ、と。


「お前、自分の立場弁えろよ。

 今のお前はレンフォードのご令嬢なんかじゃない。

 ベヘリットの街に居着いた放浪者だ。

 何不自由ない暮らしをさせてくれるほど裕福な男が娶ってくれるような身分じゃない。

 綺麗にしておきたい気持ちは分かるが、その前に身を立てることを考えろ。

 俺だって、いつまでもお前を置いてやる義理はないんだから」


 口にした瞬間、ミスった! と思った。

 ローザの頬が真っ赤に染まったかと思えば、その上をボロボロと大粒の涙が通り抜ける。


「うわあああああん! コウのバカアアアアアアッ!!」


 泣き叫びながらローザはコートを引っ掴んで家の外に出て行った。

 開けっぱなしの玄関には雪が舞い込んできた。

 俺は扉を閉める気にもなれず呆然と立ち尽くす。


「女って、本当にめんどくさい……」


 思わず愚痴を漏らしてしまう。

 わかっている。

 アイツが俺のそばにいたがっている事くらい。


 もし、アイツが男ならこんなに口うるさくせず、好きにしろって置いてやって無責任に相手をしてやるさ。

 だけど、アイツは女だからいつまでも俺と一緒にいるわけにはいかない。

 まして誰かのお嫁さんになることを望んでいるのに俺と一緒にいることは不毛な時間としか言いようがない。

 どうしてそのことを分かってくれないんだよ……


 俺は玄関の外に向けて叫んだ。


「バカはローザのほうだっ!!」

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