第12話 北の街にて

 帝都のある『中央大陸』から海を隔てて北へ約五〇キロ。

 山がちで雪に覆われた『北の大地』と呼ばれる大陸の季節は移ろうことなく冬が続き、作物はほとんど取れない。

 その上、中央大陸より強力な魔物が跋扈しており、環境としてはあまりにも厳しく人間の生存を許さない様相だ。


 しかし、人間というのは生きていくために環境を自らに適したものへと変える力を持つ生物である。

 天然の雪壁と人工の城塞を織り交ぜて囲まれた街の中心部には中央大陸全体での発掘量の三倍とも呼ばれる豊富な地下資源を持つ大穴が有る。

 資源の発掘と本国への輸送を行うために、大穴の発掘作業を行う坑夫や、金属の精錬を行う工夫の住む場所として街は築かれた。

 当初は出稼ぎ労働者ばかりが集まる土地だったが、より効率的かつ安全な資源供給を行うため定住政策を推し進めた結果、今では五万人近い人口で溢れかえりマグマのような熱量を以って人々が暮らしを営んでいる。

 ヘレムガルド帝国の最北端の街「ベヘリット」はそういう場所だ。


 だが、人が増えてくるとそれを狙って襲ってくるのが魔物の習性というものだ。

 帝国最大の資源供給地と本国を繋ぐ交易路の防衛のために帝国は『北面総督府』という街の運営と防衛の機能を持たせた統治機関を設置し、上級貴族をその任に付けた。

 本国とは全く違う環境の北の大地での生活圏を維持するため、北面総督府は本国とは異なる制度でこの地を統治している。

 たとえば、帝国では騎士団と軍と冒険者は完全に区分けされていたが、この地においてその三者は通常の業務が異なるだけであり、総督府からの指令次第で冒険者を率いて騎士団が街の防衛に当たったり、軍が大穴の探索に向かったりもする。

 故にその境界線は曖昧で流れ者の冒険者でも手柄次第で叙勲され騎士身分に取り立てられることもある。

 俺とローザがこの街にたどり着いたのは一年前。

 それからずっと、この町で俺は冒険者として日々、戦いに明け暮れていた。



「コウ! お手柄だったそうじゃねえか!

 スラント騎士団の救出成功したって!

 魔物の大群を一手に引き受けて、快刀乱麻の大活躍……って聞いてるぜ」


 唾を飛ばしながら大声で話しかけてくるのはガリウスという名の冒険者。

 二十歳の時から七年間の長きにわたってこのベヘリットで戦い続けている強者だ。


「俺はただ追撃してきたブルーアイズベアを狩っただけだ。

 重傷者を抱えながら撤退できたのは騎士団の連中の実力だ」

「謙遜しちゃって。

 だが、功績を認めているのは俺じゃない。

 知ってる筋の情報じゃお前さんあてに総督府から近々叙勲の打診が来るそうだぜ」

「昨日の朝の話なのに?

 総督府も人材不足甚だしいな」

「照れんなよ。そうなれば騎士様だぜ。

 細君も鼻高々じゃねえか?」


 細君……アイツの顔を思い浮かべて思わず笑みが溢れる。


「ローザはそれくらいで喜びやしないさ」

「かもな。あの女傑からすれば騎士様だって見劣りするわ」


 ガリウスはそう言って火酒の入ったグラスを呷った。




 ベヘリットの街はいつ見ても雪景色で青空を見れる日は週に一度あればいい。

 市街地は魔石を利用した融雪装置が設置されているため通行に困ることはないが、郊外にポツンとある我が家への帰路は腰の辺りまで埋まるほどの雪に覆われている。

 もっとも運足術の中には新雪の上を沈まずに歩く【飴坊】という技があるので俺はさほど困らない。

 つくづく便利な術だと思うし、仕込んでくれたサンドラに感謝だ。


 屋根と玄関の周りは家庭用の融雪装置を使っているため、白紙の上に落ちた墨のようにポツンと黒い石造りの我が家が見える。

 窓には光があり、煙突からは煙が上がっていた。



「おかえりなさい。ご飯にする? お風呂にする?

 それともワ・タ・シ?」


 家の中は暖炉が焚かれ一定の温度に維持されている。

 とはいえ、外では雪が吹き荒んでいるのに肩や膝や胸元まで露わになるような薄着をしているローザはやはりどこかおかしい。


「俺に色気を使うほど無駄なことはないだろ」

「相手は誰でもいいの。

 こういうことは継続が大事なんだから。

 外じゃ寒さ対策で獣の毛皮を纏ったりなんかしてるんだから家の中くらいでは女でいないとね。

 それに、ギャップ萌え?

 そういうの狙っていこうと思って。

『鳴呼! 普段は凛々しいローザ様が!

 俺の目の前ではこんなはしたない子猫ちゃんにっ!』

 みたいな? 燃えない?」


 いつもどおり、大きな身振り手振りを織り交ぜながらローザは喋り続ける。

 身体が揺れるたび、頭の後ろで束ねた髪が柔らかくなびく。


 ローザの妖精のように華やかな美貌は厳しい暮らしの中でも褪せることなく、むしろ少女から大人に変わりつつある危なげな色香を身につけ始め、巷で評判の美人さん……ということになっているらしい。

 おかげで俺はいろんな人に冷やかされたりからかわれたり、下手するとやっかまれたりしてしまう。


 俺は十六歳、ローザは十八歳。

 はたから見れば俺たちの姿は年上女房をもらった若夫婦に見えなくもない。


 帝都を旅立って間もない頃、俺は目的のため戦いに明け暮れることを覚悟していたし、そうあるべきだと思っていた。

 そんな俺に貴族の娘さんであるローザをずっと付き合わせるのは無理。

 だから、手頃な街で置き去りにしようとしていた。

 それなのに、ずっと一年以上放浪のような旅をともに続け、北の大地にたどり着き、今も同じ家で一緒に暮らしていることは全くの計算外の事態だと言える。

 ローザが思いの外に有能だということはあったけれど、それ以上に俺は――――


 

「総督府から俺に叙勲の話が出ているらしい」

「えっ! 本当?

 やったじゃない! そうしたら本国に戻れる?」


 俺の切り出した話にローザが食いついた。


「ローザは帝都に戻りたいか?」


 俺の問いにローザの表情が少し陰る。


「そりゃあ、できたらね。

 だって帝都は寒くないし、狩りとかしなくてもご飯食べられるし、凍えたりしないし、綺麗なドレスや髪飾りも売っているし、暖かいし」

「寒いのが不満だっていうことはよく分かった」


 今度はニパッと笑って俺を上目遣いに見上げる。


「えへへ、でも別に今の暮らしが嫌ってほどでもないしぃ。

 最近は偉くなったおかげで仕事も楽しめるようになってきたしぃ。

 住めば帝都! って感じかな。

 つまり、どっちでもいいってこと。

 コウは?」

「どうだろうな。

 サンドラの言っていたのは単純に地位や名誉を手に入れろって意味じゃないと思うから。

 もっと強く、自分の有用さを示せるようになれってことかと」

「コウは有用じゃないの?

 私の周りでも世間話の時によくコウの話題出てくるよ。

 他の冒険者が手をつけたがらない危険な任務とかを進んでこなすって」

「元々底辺生活長かったからな。仕事は選ばねえよ。

 それに、知らない場所で信用を得るには最初に謙虚さと誠実さを見せた方がいいと助言してくれたのはお前じゃないか」

「フフン、言った通りだったでしょう。

 人付き合いってのは最初が肝心!

 社交界でならしたローザ様にとっては当然の処世術よ!」

「婚約者の怒りを買って街を追い出されたバカの処世術ねえ……」

「ヒドイのぉっ!!」


 ローザがヨヨヨ、とおどけて泣いている仕草をするのを見て思わず笑ってしまう。


 世の男は女に顔の綺麗さや胸の大きさなんかを求めるみたいだが、俺はそんなものより一緒にいて楽しい女が一番だと思う。

 一緒にいて楽しい、ということは相手が自分を楽しませようとしてくれているからだ。

 そのことを知っているから、俺はローザを手放し難く思ってしまうのだろう。

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